第46話 夏休みの千佳は強い
警察官僚と言っても私は、まだ着任したばかり。初任幹部科の時に警察官僚としての基礎的な知識は付けたけど、今の仕事はデスクワークばかりだ。
大学校の時の教官が、研修が終わる時
『君達はこの後の九か月間の現場研修が終われば、基本現場に出る事は無い』
なんて言っていたけど、私は最初からデスクワーク。午前九時から午後五時半まで。
それに土日祝日休み。夏休みや冬休みもある。なんかこれじゃあ、OLと同じだ。私OLした事ないけど。
でも、里山さんから夏休みは二週間前には出してねと言われたので雄二と相談した結果、八月のお盆過ぎた頃、取得する事にした。
でも行き先が、
「ねえ、雄二。私海に行きたい。やっぱり夏は海だよ」
千佳はそう言っているけど、美人でスタイルもいい、なんか思い切り不安なんだけど。
「俺は思井沢の別荘が良いよ」
「雄二は、最初反対したでしょ」
「それは…」
まさか、千佳が海に行きたいと言うとは思わなかったからだ。ソファの上で俺の両肩に手を置いて
「ねえ、海に行こうよ」
と言って、俺の肩を揺さぶって来る。
「でも、西伊豆はいけないよ」
「じゃあ、東伊豆ならいいじゃない。例えば下田とか。素敵な特急電車とかもあるのよ」
はぁ、どうしたものか。
「ねえ、いいでしょう。まだ、七月中旬、今からなら間に合うし」
「無理だろう。夏だよ。オンシーズンだよ」
「じゃあ、今すぐ電話する」
「何処へ?」
「ホテル」
いつの間に調べたのか、下田の有名なホテルに電話している。
「えっ、そうですか。はい。二泊です。私と夫です。はい、宜しくお願いします」
「えへへ、取れちゃった」
「良く取れたな?」
「なんか急にキャンセルが入ったんだって。オーシャンビューでダブルベッド、勿論禁煙ルーム。だから予約しちゃった」
抱き着いて来た。
「ふふふっ、水着買いに行こう。私実は持っていなんだ」
「お、俺は持っていたけど、中学の時の奴だから多分着れない」
「じゃあ、今度の土曜日買いに行こう」
「あ、ああ」
こういうことになると千佳は決断と行動が早い。流石警察官。
いつもの街のデパート行った。
「ここ入って見よ」
「え、俺も?」
「当たり前でしょ。雄二が喜ぶ水着着たいんだから」
「で、でも」
「でもも何も無い、入るわよ」
手を引かれてしまった。千佳こんなに力強かったっけ。
「これどうかな?こっちは?」
「ど、どれも似合うと思うよ」
選んでいるのは超ビキニタイプやワンピース型の胸の部分がしっかりと開いているタイプだ。
「なあ、もう少し控えめの方がいいんじゃないか」
「でも雄二、私にこんなの着せて見たいでしょ」
「いや、もっと控えめな方が」
俺達の会話を周りの女性が聞耳立てて笑っている。恥ずかしい。
「じゃあ、これは?」
今度選んだのはオレンジのセパレートタイプ。胸にリボンが付いている。彼女は胸が大きいのでこれで隠せるだろう。
「千佳、いいけどお尻が…」
「もう仕方ないなあ。じゃあパレオも買う」
これなら大丈夫だ。女性の水着ショップから出ると
「ほんと、雄二は心配性なんだから。私は雄二に水着姿見せたいの」
「でも俺に見せるって事は、他の男にも見せるって事だろう」
「ふふっ、そうかぁ、そうかぁ。雄二はそれを心配しているんだ。嬉しい」
人前で抱き着かないで下さい。
俺の水着は簡単に決まった。大体男の水着なんて選ぶ程無い。
俺が二人の買い物袋を右手で持って千佳が俺の左手を握っている。せっかくだからとSC側のレストランで食事をしよういう事になり、本館からの渡り廊下を歩いていると、前から見知った女性が近付いて来た。
「こんにちわ、一条さん」
何でここにこの人がいるんだ?
「こんにちわ、神山さん」
千佳が不信そうに誰って顔をしている。
「お久しぶりです。と言っても奥様は記憶に無いだろうけど、お二人と同じ帝都大学法学部出身で、いま旦那様と同じ法科大学院の同じクラスにいる神山奈央子です。お見知りお気を。お二人の邪魔をしてはいけないので、私はこれで失礼します。雄二、また夏休み後で」
「えっ?!」
神山さん、なんて爆弾落としてくれたんだ。千佳が凄い顔している。
「なんであの女が雄二の名前呼びするの。どういう関係なのよ!」
「千佳、落着いて。あの人は俺と同じクラスだけど、一度も名前呼びされた事ない。今のはあの人の冗談だよ」
「信じられない!」
「千佳、本当だから」
ほら、また周りの人がチラチラ見ている。
「本当に本当なの?」
「うん、絶対に本当に本当」
「分かった、雄二がそこまで言うなら信じてあげる。まあ、雄二はかっこいいし、言い寄りたい女性は一杯いるからね。
でも気を付けてよ。絶対に私以外の人(女性)に気を向けないでよ」
「する訳ないだろう。俺は千佳だけだ」
―羨ましいなあ。あんな素敵な男性にあんな事言われるなんて。
―でも女性も相当の美人よ。
―さっきの人も凄い美人だった。
―私達には関係ない世界ね。
「千佳、早くレストランに行こう」
「う、うん」
完全に周りの人の注目を浴びてしまった。
それから千佳が好きなフランス料理のレストランに入って、彼女の好きな料理を食べさせた。神山さんにはきつく言っておかないと。
食事が終わり、俺がお金を払おうとすると
「雄二、これでもお給料貰っているのよ。あなたはまだ学生でしょ。私が払ってあげる」
「えっ、でも」
「いいの」
千佳に初めてご馳走になった。
そして八月二十日。俺達は伊豆下田に二泊の旅行に出かけた。幸い天気は二日とも良好の様だ。
電車は特急のグリーン車。椅子がフワッとしていて凄い乗り心地だ。品川から一時間半。結構かかる。景色を見ながら買って来た飲み物を飲んだりお弁当を食べている内に下田に着いた。
千佳にホテル代を聞いたのだけど教えてくれない。何か嫌な予感。駅に着くと送迎バスが来ていた。
バスの外で立っている人に
「一条です」
と言うと
「一条様、お待ちしておりました」
そう言って俺達だけを乗せて出発してしまった。どうなってんだ。
ホテルのロビーに着いて、チェックインする時、俺がカードを出そうとすると
「雄二、ここは私が払うから」
千佳が自分のカードを出した。
「精算はお帰りの時になります。ここに代表者様のお名前と宿泊者数をお書きください」
「はい」
書き終わるとホテルのパンフとカードキーを二枚、俺達に渡しながら
「お客様のお部屋は最上階十二階でございます」
「はい」
何となく気になる最上階という言葉。
エレベータに乗って最上階に着き、エレベータホールを右に曲がって二つ目って、二つしかないじゃないか。
「雄二、入ろ」
千佳がドアキーにカードをタッチさせると
「えっ!」
「えへへ、いいでしょう。ここのホテルのスーペリアルーム」
太平洋と大島を望む大きな窓。部屋の入口の横には大きな室内風呂。そして大きなダブルベッド。
鏡付きの机とクローゼット。テーブルに二つの椅子とソファ。そしてサイドボードには色々なお酒が入っていた。
「千佳、ここって?」
「いいの。雄二と私の為に予約したんだから」
「それは嬉しいんだけど」
俺は、二人の手荷物を一度床に置くと、えっ、いきなり千佳にベッドの方向に倒された。
「雄二、この部屋は防音設備がしっかりしているの。楽しもうね」
「う、うん」
今から、水着姿になるのは面倒なので千佳はホットパンツにTシャツ。俺も短パンにお揃いのTシャツを着て浜辺に出かけた。ほとんどホテルの前にある。
「嬉しいな。雄二とこうして一緒に居られる。思い切り楽しもう」
「ああ、俺も千佳と一緒にこうして居られるのは嬉しいよ」
実際、俺は勉強漬けの毎日だ。偶にはこういう所で頭をリフレッシュするのもいい。
一時間半程、のんびりと手を繋ぎながら浜辺を歩いた。
「雄二、そう言えば私達新婚旅行とか行ってないね。でもこれでもいいや」
「千佳、遅くなるけど、司法修習が終わった後、EUに一ヶ月位行こうと思っていたんだ。だけど、千佳の仕事では無理だね。でも二週間位休めないかな?」
「まだ、二年以上先だから分からないけど、絶対に休む」
「そうか、じゃあ、これはプレ新婚旅行という事で」
「ふふっ、そうしようか」
俺達は、ホテルに帰った後、ホテルの人が自慢の温泉と言っていたお風呂に入った。勿論チェックインの時、家族風呂を予約した。
いつも家では一緒にお風呂に入るけどやはり雰囲気が変わると新鮮だ。もちろん、あっちは控えたけど。
夕食はレストランで海の幸がこれでもかという程出て来た。本当にこれ二人で食べるのって感じ。
夜は…。プレ新婚旅行と決めた所為か、千佳も俺もいつもより積極的だった。
次の日は、しっかりと朝起きて朝食を食べた後、千佳は水着を着て上に紫外線カットのしっかりしているラッシュガードを着た。顔にはサングラスだ。
俺は海水パンツとTシャツにサングラス。ホテルを出るとすぐ目の前が浜辺なので、他のお客も同じような格好だ。
浜辺に行って、海の家からパラソルを借りて立てて貰うとシートを敷いて座った。
「海は波が高そうね。ちょっと入るの無理かな」
「千佳泳げるの?」
「泳げない。雄二は?」
「中学までは夏休み泳いでいたから」
「じゃあ、入る?」
「止めておく。波打ち際で遊ぶ程度にしよう」
「うん」
膝位まで海に浸かって千佳に抱きつかれながら遊んで、またパラソルに戻って座っていると、何と俺がいる側で
「お姉さん、綺麗だね。俺達と遊ばない?」
「遊ぶ訳ないでしょ。夫と一緒に居るのに」
「いいじゃないか。毎日一緒なんだろ。今日は俺達と遊ぼうぜ」
「いい加減にしなさい」
そう言うと千佳はバッグから何かを取り出した。そしてテレビで見る様な動作でバッチを見せると
「あなた達、警視庁の現役警察官をナンパするなんて良い度胸ね」
「えっ、け、警察!」
「け、警視庁!」
二人の男が一目散で逃げて行った。
「千佳、こんな所までバッチ持って来たの?」
「ふふっ、ある程度は予想していたから。だって、私、雄二に選ばれた女性よ」
俺に選ばれるってそんなに凄い事?千佳の魅力なんじゃない?
その後は、海の家で定番のラーメンやおでんを食べた。千佳が不思議そうな顔をしていたけど。
そしてまた、波打ち際で遊んだ。千佳が俺に抱き着きながらキャッキャ、言っている。
午後三時、流石に疲れて、ホテルに戻る事にした。
部屋に戻って、体を綺麗にして二人でベッドで横になると
「雄二、私来て良かった」
「千佳、俺もだ」
二人共疲れて少し寝てしまったが、午後六時にレストランに行って、今日も海の幸をお腹一杯堪能して部屋に戻った。
今日は温泉には行かずに、ずっとあれして楽しいんだ。プレ新婚旅行だから。
翌朝は、少し早めに起きて早朝の浜辺を散歩した。太陽が水平線の少し上に有る。空が青一色で綺麗だ。
千佳と手を繋ぎながら、この人と結婚して良かったと心の中で思った。
雄二と手を握りながら一生この手を離すものかと思った。過去の事は完全に消えている。
―――――
面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価頂けると投稿意欲が沸きます。
感想や、誤字脱字のご指摘待っています。
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