第25話 一条千佳の家庭

 

 俺は塾が終わった後、千佳と一緒に電車に乗った。俺の家のある方向と反対方向に四つ目の駅だ。


 駅からは近く五分位で着いた。しっかりとした門構え、確か祖父母も一緒に居ると言っていたから結構広いんだろうな。


 彼女は鍵を使って、門を開け、庭を少し歩いて玄関に近付くと

「お帰り千佳」

「ただいま、お父さん。来て貰ったわよ」

「高槻君、久しぶりだね」

「はい、明けましておめでとうございます」

「明けましておめでとう」


 この声に中から女性が現れた。髪の毛は肩まであり、切れ長の大きな目、顔立ちは千佳にそっくりだ。

「千佳、お父さん。庭先で立ち話もよくないわ。入って貰いなさい」

「あっ、ごめん。雄二、家の中に入って」


 俺は、あの時、千佳のお父さんをしっかり見なかったが、今見ると、目は鋭く大きく、鼻がしっかりとしていて顔の輪郭ががっちりとしている。俺の身長は百八十二センチだが、俺と同じかもう少しありそうだ。


 玄関には衝立があり、中は見えない。衝立を避けて千佳に付いて左側に庭が見える黒光りした廊下を歩くと右側に大きな和室が有った。和の大きな座卓が置いてある。がっしりとして重そうな座卓だ。


 そこの上にはこれでもか言う位の料理が並んでいた。何なんだこれは?



「雄二、座って」

「うん」


 庭を背にして左に千佳、俺が右で座ると年齢を重ねているが、現役時代を思わせるがっちりとした背の高い男の人と、老齢な女性が入って来た。二人共しっかりと和服を着ている。そう言えば千佳のお父さんもお母さんも和服だったな。



 俺がガチガチに緊張して何も喋らずに待っていると

「雄二、そんなに緊張しなくていいから」

「で、でも」


 目の前の老夫婦は、顔は笑っているけど目が全然笑っていない。俺を射貫くような目で見ている。なんなんだ。


 少しして千佳のお父さんとお母さんが入って来た。千佳のお父さんが


「高槻雄二君、今日は良く来てくれた。紹介しよう。私の名前は一条慎之介、千佳の父だ。左横にいるのが妻で千佳の母になる一条千佐子だ。そして私の右隣りに居るのが一条幸之助、千佳の祖父でその隣が一条聡子、千佳の祖母だ。千佳は紹介する必要無いな」

「お、いえ、僕は高槻雄二です。高校三年で、千佳さんにはいつも大変お世話になっています」

「はははっ、そんなに固くならなくてもいい」

「お父さんが堅苦しく皆を紹介するからでしょう」

「はははっ、まあいいじゃないか」

「さて雄二君も来てくれた事だし、昼食にしようか」


 俺はどれから箸を付けていいか分からず、じっと見ていると

「雄二、好きな物から食べていいんだよ」

「でも」

「雄二君、千佳が毎日あなたの事ばかり言うから今日は楽しみにしていたのよ。好きな物から食べなさい。順番なんて無いから」

「は、はい」


 やっと目の前にある刺身を自分の前にある皿に取って食べると

「美味しい」

「そうか、口に合ってよかった。千佳から雄二君はいつもレトルトとかしか食べていないからと聞いていたので心配していたんだが、良かった」

「えっ、千佳、そんな事まで話しているの?」

「いや、それは…」

「ふふっ、千佳はあなたの事で頭の中が一杯だわ。受験が心配になる位に」


「千佳は、全然問題ないです。僕よりとても頭いいですから」

「雄二、親の前だからって、そんな見え透いた嘘つかないの」

「えっ、でも」


「雄二は、この前の全国模試で二十五位。学年の最終期末考査でも私と同じ満点の一位よ」

「おお、それはすごい。曾孫が楽しみじゃ」

「えっ?!」


「お、お爺ちゃん、まだ、全然早いから」


 あれ、まだ早いっていう事は、千佳の頭の中では、俺と結婚する事になっているの?



「ゆ、雄二。お爺ちゃん、冗談言うの好きなのよ。気にしないで」

「儂は冗談は嫌いだ。仕事柄人を見る目はある。この子なら千佳を嫁に出しても安心出来る」

「お、お爺ちゃん」


 千佳が顔を真っ赤にして下を向いてしまった。そう言えば千佳のお爺ちゃんは元公安調査庁。確かに人を見る目はあるんだろうけど…。


「雄二君。どうかね。千佳は、親の私から見ても、容姿は良いし、頭も良い、性格も悪くないと思っているのだが」

「千佳は、僕には勿体ない人です」

「そうか、千佳は君以外いないと言っているが」


「お、お父さん」

「ふふっ、お爺ちゃんも、あなたもその辺にしたら。雄二君、ごめんね。私が千佳しか産めなかったので、みんな千佳に期待しているの。つまり千佳の夫になる人に」


 それって、もっとプレッシャー掛るんだけど。



 なんか、話がストレート過ぎる。こんなはずじゃなかったんだけど。初詣でも行ってワンクッション置くかな。

「雄二、初詣行こうか」

「千佳、ちょっと待ちなさい。着物に替えましょう」

「これで良いわよ」

「雄二君も千佳の着物姿見たいでしょ」

「はい」

「着替えるしかないわね、千佳」



 千佳は別室に行ってしまった。俺の前には千佳のお父さんと祖父母。どうすりゃいいんんだ。


「雄二君、固くなるな。娘と母親も席を外した。さっきから何も飲んでいないだろう。脇に置いてある飲み物どれでもいい。飲みなさい」

「ありがとうございます」


 確かに話が始まってからは何も口に出来なかった。炭酸ジュースをグラスに注いで一口飲むと


「雄二君、私はホテルの勉強合宿の時もこの前のイブの時も君と千佳の二人にしたが、手は出さなかったようだね」

「す、すみません」

「いや、いいんだ。むしろ手を出していたら君はここに座っていない。あれだけの容姿だ。良く手を出さなかったと感心しているがね。

 まあ、大学受験二人とも合格したら約束していると千佳から聞いている。それは守ってやってくれ。流石にあの子が可哀そうだ。

 それと…申し訳ないが、君の素性も調べさせて貰った。もし、娘と生涯を共にするなら千佳と独立するも良し、ここに婿に入るも良し、好きにしなさい」

「は、はい」


 完全に堀は埋められてしまった。いやそもそも堀が無かったのか。


 三十分程して千佳が戻って来た。俺は目を丸くした。青を基調にした着物、鶴が描かれている。帯は金糸が入った淡いピンク色、金色の簪を頭に刺している。手には、金色の小さな小物入れと白いファーを持っている。


「雄二、どうかな?」

「き、綺麗だよ」


「千佳、雄二君とは一通り話しておいた。後は二人の好きなようにしなさい」

「ありがとう、お父さん」



 今日、来させられた目的はこれだったのか。しかし、俺はまだ責任取れるほどの人間じゃないのに。



「雄二、ここから五分位歩くと、この辺では有名な神社があるんだ。行こう」

「うん」


 千佳の家を出て神社に向かいながら


「雄二、お父さんが一通り話したと言っていたけど」

「俺は、まだ君の一生を責任持てるほどの人間じゃない。君とご家族の信頼関係には感服したけど。

 もちろん、千佳が嫌いなんて事は絶対にない。むしろ好きになっている。でもそこまでの覚悟は俺にはまだない」

「うん、分かっている。でも私の気持ちは決まっているって事を分かって欲しくて」

「でも千佳って、まだ十八だよね。俺もだけど。なんでそこまで考えられるの?」

「人は生涯の間に色々な人と知り合うわ。でもこの人と思う事は早々に無い。私はあなたにそれを感じたの」

「でも、千佳がこれから知り合う人の中に俺よりもっと魅力的な人が一杯現れるんじゃないの?」

「ふふっ、それもあるかも。でもいつも雄二と比較してしまうなら、私は雄二がいい。後悔なんてしなくて済むもの」


 なんて事だ。俺はとんでもない人に好かれたという事か。でも俺はまだ決める事は出来ない。


 話をしている内に参道に着いたが

「うわーっ、一杯いるなぁ」

「そうだね。元旦だもの。でも雄二といっしょなら良いわ」



 これで堀は全て埋めた。後は本丸を落とすのみ。雄二はさっき、私の事を好きと言ってくれた。もうすぐだ。


―――――


面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価頂けると投稿意欲が沸きます。

感想や、誤字脱字のご指摘待っています。

宜しくお願いします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る