第20話 クリスマスはどうするの?

 

 高校生最後の学期末考査も終わり、二学期の登校日は今週二日と来週を残すのみになった。


 クラスの中は、受験に必死の雰囲気の子も居れば推薦が決まっているのかクリスマスどうするかといった二グループに分かれていた。



 加奈子をチラッと見ると体調は悪そうだが、絶望的な顔はしていないのでちょっとホッとしている。


 信用していただけに裏切られた気持ちは捨て切れないが、俺が高校一年の秋にこの高校に戻って来てから、俺の傍で俺の心を支えてくれたのは、あいつだと思うと頭の中では姿も見るのも嫌だし、口きくのも嫌なのに、別の部分であいつが気にかかる俺は、お人好しなんだろうか?



「雄二」

「うん?」

「うんじゃない。お昼食べよ」

「ああ、竜馬行くぞ」

「俺、購買でパン買って食べる。まだ受験に不安有るんだ」

「そうか」


 竜馬の頭だったら、何処でも行けそうな気がするが、本人が勉強したいと言っているのを邪魔する訳には行かない。



 二人で並んで学食に行く間でも俺達をジロジロ見ている生徒が多い。やはり一条さんは凄いな。


「雄二、皆あなたを見ているわ」

「そんな事無いでしょ。頭ボサボサだし。一条さんを見ているんですよ」

「そんな事ないわ。雄二よ」

「……………」

 はっきり言ってどうでもいいんだけど。



 二人で学食のテーブルで定食を食べていると一条さんが、

「ねえ、終業式の前の日曜日が、イブで終業式の日がクリスマス。どっちか二人でパーティしない?」

「パーティ?」

「うん、クリスマスパーティ。うちでもいいし、構わなかったら雄二の家でも」


 えっ、一条さん、俺の家に来るの?来られて困るものはないけど、でも…。


「一条さん、共通テスト終わるまでは、気を抜けない。ごめん、勉強する」

「…もう、雄二だったら、一日、二日しなくても大丈夫でしょう?」

「その気の緩みが失敗を招く。お誘いはとても嬉しいけどパーティはしません」

「じゃあ、パーティはしないけど一緒に勉強しよう。イブスタ。どうかな?」


 この人の頭の中、理解出来ない。ホテル合宿の事もあるし、まあ一緒に勉強してもいいけど…。


「分かりました。一緒に勉強しましょう。ところでどこでやるんですか?」

「私の家か、君の家」

「でも一条さんの家は正月行く事になっているし、俺の家はちょっと」

「えーっ、いいでしょ。雄二の家一度行って見たいーっ」

「図書館でしませんか?」

「うーん。でもなあ。ねえ、なんで雄二の家に行っては駄目なの。私が行くと不都合な事があるの。あっ、例えば、掃除していないから埃だらけとか、洗濯物が山の様にあるとか?」


 何考えているんだ。この人は?


「掃除も洗濯も毎週しています」

「じゃあ、行っても良いよね」


 断る理由が見つからない。さっき一緒に勉強する事を許した俺が馬鹿だった。


「分かりました。日曜日、午後からでいいですか。午前中は色々する事有るので」

「分かった」


 ふふふっ、これで雄二の家に行ける。




 昼食が終わって、俺達が教室に戻ると、竜馬は問題集にかじりついていた。加奈子も同じだ。前に加奈子と仲の良かった子達は、もう彼女の傍に居ない。自業自得だけど…。



 その週の日曜日。

 俺は、朝午前八時に起きて、朝食を摂ると洗濯と掃除をした。来週は一条さんが来るから、今日の内に片付けられるもの見られたく無い物は、お父さんの書斎に隠しておこう。


 それが終わると急いで駅前のスーパーに行った。今週分の食材、まあレトルトとカップ麺それに冷凍物だけど、後、牛乳、ジュースを買った。

 一条さんは、ホテル合宿で無糖紅茶が好きなのは分かったので、そのペットボトルも買った。結構重い。


 隣の加奈子の家の前を通ったが、人がいる気配がない。そう言えば昨日、昼過ぎどこかに行く様な感じだったけど。


 今の時期は塾が無い。年末特訓、正月特訓とやたら特訓好きな塾だから準備がいるのかも知れない。



 昼食を摂り終わり、何気に外に目をやると、加奈子が両親に連れられて車から降りて来た。大事そうに抱えられながら家の中に入って行く。どうしたんだ?



 俺は、昼のワイドショーとか見るのは苦手なので、お腹休めの為にリビングでボケっとしているとスマホが鳴った。一条さんだ。


『もしもし、高槻です』

『雄二、私。ねえ、今何しているの?』

『昼食を終えてのんびりしています』

『今から雄二の家に行っては駄目?』

『えっ、また急に。何か用事でも』

『来週、行くでしょ。だから道覚えておきたくて』

『来週、駅まで来て貰えれば迎えに行きますけど』

『いいじゃない。雄二の駅まで確か二十分くらいよね。今から行くわ。駅でもう一度連絡する』


 ガチャ。


 切られた。分からない。どういうつもりだろう。俺の家に来たって殺風景なだけなのに。仕方ない川べりでも散歩するか。



 二十分はあっという間だった。直ぐにスマホが鳴った。

『雄二、着いた』

『分かりました。五分で行きます』


 

 俺は、スマホと財布を持って直ぐに家を出た。偶然、加奈子のお母さんと会ったけど、お辞儀して通り過ぎた。何か言いたそうな顔をしていたけど。



 駅に着くと

「雄二」


 俺を見つけた一条さんが、近付いて来た。


「来ちゃった」

「仕方ないですね。でも俺の家に来ても何も無いですよ」

「いいの、いいの」


 駅を離れると俺の家まで住宅街を通るだけだ。

「雄二の家って住宅街にあるんだ。結構大きな家ばかりね」

「そうですか。他の街の家と比較した事ないんで」



 そしてあっという間に俺の家に着いた。門の鍵を外して、玄関に来ると二重ロックの鍵を外してドアを開いた。


「どうぞ」

「お邪魔します」


「へーっ、大きな家ね。ここ一人で住んでいるの?」

「うん」


 一条さんは、おれの顔をジッと見て少し黙った後、

「雄二、もし君が許してくれるなら、ご家族にご挨拶したいんだけど」


 いきなり言われた一言に驚いた。どういうつもりで言ったのか理解できなかったからだ。


「駄目かな?」

「そんなことないけど、立派な仏壇とか有る訳じゃないよ」


 実際、両親と妹の葬儀を終わらせ、家に遺影と位牌が戻って来た後、あまり間を置かずに親戚の所に行った。


 そして追い出される様に帰って来てから二年。自分なりに綺麗にしたつもりでも、きちんとした形には、なっていない。

 ローボードに遺影を置いて、その前に位牌を置いてあるだけだ。高校生の俺にはそれくらいしか出来ない。


 それは、お母さんの部屋に置いてある。家具一切は両親、妹共に二年半前のままだ。




 私は、雄二に案内されて一つの部屋に通された。そこは、誰か、大人の女性の部屋の様な気がした。でもベッドはない。


「この部屋は?」

「お母さんが使っていた部屋」


 大きなローボードの上に三人の遺影と位牌が置いてあるだけだ。真ん中に可愛い女の子、右にお父さん、左がお母さんだろう。


 私は、三人の前で正座するとしっかりと両手で手を合わせた。




 一条さんの意図は分からないけど、この部屋に入ったのは、親戚と前田弁護士を除けば、加奈子とその両親だけだ。



 長いな。何を思っているんだろう?もう三分位経て居るんじゃないか。そう思っていると彼女が顔を上げた。

 目元に涙が浮かんでいる。直ぐにハンカチを取り出して拭いたけど

「ごめん、雄二がこのご家族と一緒に暮らしていたんだと思うとちょっと感傷的になっちゃって」

「……………」



 俺達は母さんの部屋から出るとリビングでは無くダイニングに来た。

「紅茶飲む。無糖のやつ」

「わぁ、嬉しい。でも私が無糖の紅茶好きなの良く知っていたね?」

「うん、ホテル合宿の時、こればかり飲んでいたから」


 そんな所まで見ていてくれるんだ。嬉しいな。


「一条さん、ここにいてもつまらないだろう。近くの河川敷が公園になっているんだ。行かないか?」

「ここに居ては駄目かな?」

「でも何も無いよ。外の空気でも吸っていた方がここに居るより良いよ」

 本当は、二人で何もせずにここに居る方が厳しかった。息が詰まる思い。仕方ない。


「行こうか」

 本当は、雄二と何となくこうして居たかったんだけどな。



 河川敷まで十分。

「うわーっ、こんなに広い所有るんだ」

「うん」


 雄二の目が遠くを見ている感じ。遺影に手を合わせた時、見せていた目だ。やっぱり一人じゃ寂しいのかな。



「ねえ、雄二は大学卒業したらどうするの?」

「そんな事考えた事ない。大学行ってから決める」

「でも受験は学部選ばないと」

「確か三年で学部変更出来るから、取敢えず文学部受けておこうかなって感じ。理系は俺には向いていないから」

「そうか、私もそんな感じ。お父さんは警察官僚を希望しているけど、私には向いていないし」

「警察官僚?」

「まあ、お爺ちゃんもお父さんもその業種だから、子供が私しかいない我が家は、当然そうなるよね」

「一条さんはどう思っているの?」

「まだ、分からない」


 警察官僚か凄いな。俺なんか絶対に出来ないよ。



 そんな話をしながら川べりを歩いていると段々、太陽が傾いて来た。ふと見ると彼女がその夕陽を見ている、というか、何か遠くを見ている感じだ。どうしたんだろう。



「雄二、もう帰る」

「そうか」


 駅へ行く道すがら、

「雄二は私の事どう思っているの?」


 いきなりだな。それもストレートだ。


「そうだな。今は気の合う勉強友達ってところ」

「それだけ?」

「勿論、綺麗で可愛くて、俺に優しくしてくれている仲のいい友達かな」

「そっかぁ、仲のいい友達かぁ」

 他に何か期待しているのか。


 いきなり過ぎたか。それにここではムード無いしな。今度の日曜日に期待するか。


 

 駅に着くと

「じゃあ、今度の日曜日は午後一時ね」

「ああ」

「じゃあ、明日また駅で待っている」

「うん」



 俺は家に帰りながら一条さんは何で俺にあんな事聞いたんだろう。あの時、俺にとって大切な人だよとでも答えれば良かったのかな。

 恋愛感情はないけど、今の俺にとって大切な人で有る事には違いない。


―――――


面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価頂けると投稿意欲が沸きます。

感想や、誤字脱字のご指摘待っています。

宜しくお願いします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る