第9話 束の間の静けさ

 

 月曜日、加奈子は教室に現れなかった。そして火曜日も。加奈子と普段親しい女の子が俺に聞いて来たが、俺も理由は分からないと言っておいた。


 竜馬には、昼休みに事情を話した。土曜日の塾帰りに加奈子の両親に声を掛けられ、加奈子との事を聞かれ、全てを話したと。


 最初は驚いていたけど、親に俺以外の男関係がばれたからって学校に来ない程の理由にならない、他に何か有るんじゃないかと聞かれたが、俺も分からないと返しておいた。


 確かにそういう意味では、俺もそう思うが、もう加奈子の事は頭から消そうとしていたので、どうでもいい。


 それより、十月に入って、親子面談が有ったが、親のいない俺は国立大学進学の意向と保証人に前田弁護士がなってくれるというとそれで終わった。


 そして直ぐに全国模試が有った。塾に通い始めてまだ少しだが、行っている手応えは十分有った。結果は帰って来て見ないと分からないけど。



 次の日の水曜日、家で朝食を摂り損ねた俺は、やはりお腹の要求には勝てず、学校のある駅を降りて直ぐ側にあるコンビニに入って、ジュースとおにぎり一個を買うとイートインスペースで同じ高校の生徒に分からない様に隅っこの方に道路に背を向けて食べる事にした。



「高槻君」

 いきなり背中を叩かれた。


 ゴフッ!


「あっ、ごめん、ごめん」

 後ろを振り返ると一条さんが立っていた。


「一条さん」

「隣に座るね。珍しいわね。偶々ここに入ったら、高槻君を見つけたんだ」

 この人、俺の背中だけで分かるのか。


「そうですか。良く分かりましたね。分からない様に食べていたんですけど」

「朝ご飯はいつもここなの?」

「いえ、家で食べるんですけど、今日は急いでいて」

「そう」


 急いでいると言っても、まだ登校時間まで三十分もある。そうか、そう言えば深山さんと一緒に登校していた時から比べると大分早い。


 理由は分からないけど彼女と一緒に登校しなくなってから早く来るようになっていたわ。だからか。



 俺は、食べ終わると 

「もう行きますけど、一条さんは何か買うんじゃなかったんですか?」

「いいの、学校で済ますわ」


 何故か一条さんとそのまま登校すると学校に近くなって来た所為か、人の視線が痛い。

「あの、俺先行きますから」

「えっ?!」


 あーぁ、走っていちゃった。別に一緒に登校してもいいのに。



 今は加奈子とも別れたばかりだ。学内でも一、二を争う美女と一緒に登校したら、変に噂を立てられかねない。気を付けないと。


教室に入ると

「おはよ。雄二」

「おはよ、竜馬」

「雄二、少しはすっきりした顔になって来たな」

「ああ、お前のお陰だよ」

「そうか、じゃあ、昼の定食いいか?」

「おう、もちろんいいぞ」

「じゃあ、B定、唐揚げ二個付きな」



 竜馬と二人で話をしていると加奈子が入って来た。皆、驚いた顔をしている。


 遅刻ギリギリの時間だ。だけど彼女を見た時、一瞬誰だか分からない程、やつれていた。肩まで有る髪の毛はそこそこ櫛が通っているが、いつも少しだけ化粧していた顔はすっぴんだとすぐわかる。目の下はくぼんで酷いものだった。


 直ぐに彼女の周りに、普段親しい女の子たちが寄って来たが、直ぐに予鈴がなって担任が入って来て、集まった女の子達は直ぐに自分の席に戻った。



 一限目が終わった中休み、加奈子の周りに女の子達が集まった。皆心配そうに色々話しかけている。


 加奈子も何とか受け答えは出来る様だ。俺があいつの行状を両親に行ったくらいでは、あれほどにはならないだろう。何かあったか知らないが、腹の中ではざまぁって気持ちだった。

 俺って、やはり狭量なのかぁ。




 前の様に加奈子が近付いて来る事も無い。竜馬も最初は注意したが、

「雄二、何となく大丈夫そうだな」

「ああ、取敢えずな」



 昼休みになっても加奈子は近付いてこない。雄二と学食で昼を食べた後、教室に帰って来ても加奈子は友達と昼食を一緒に摂っている様で、こちらに来る気配は無かった。




 放課後になり、俺は急いで教室を出て、塾に向かうと途中で一条さんが後を追いかけて来た。


「高槻君、一緒に塾に行こうと思ったのに、授業終わると直ぐに教室出て行ってしまうんだから」

「えっ?!」

「えっ、じゃない。一緒に塾に行こうよ」

「それは…」

「私とでは嫌なの?」

「そんな事ないですけど、一条さんの様な美少女が俺なんかと一緒だと迷惑かなと思って」

「高槻君、私を美少女って言ってくれるんだ。嬉しいな。でもそんな事、全然問題ないよ。」


 いや、俺が問題あるんです。あなたみたいな綺麗な人と歩いていたら、何を言われるか分からない。分かって下さい、一条さん。



 俺達は、塾に着くと教室に入って隣同士で座った。講義が始まると彼女の眼は真剣そのものだ。流石だ。



 講義が終わって午後七時半。俺達は直ぐに塾を出た。駅に行くと一条さんは俺とは逆方向のホームに行った。分かれ際に


「ねえ、朝、あのコンビニで待ち合わせして一緒に登校しない」

「止めておきます。一条さんとは不釣り合いなので」

「その不釣り合いってどういう意味?」

「俺みたいな陰キャと、男女隔てなく人気のある一条さんと一緒に登校したら、俺が潰されそうです」

「ふふっ」



 一条さんは、俺の額の前にある髪の毛をいきなり持ち上げて

「不釣り合いなんて絶対にないよ。今度の土曜日。講義終わったら付き合って。絶対よ」

「えっ?!」


 あっ、行っちゃった。何なんだあの人。



 水曜日に登校した加奈子は、木、金も登校した。まだ、とても前の元気さは無いが、少しずつ取り戻しているようだ。証拠に少しお化粧しているのか、顔に血の気が戻った様だ。



 土曜日は、今週の親子面談のお陰で短縮授業になった遅れを取り戻す為の登校日になっている。


 それが、終わると学食で簡単にカレーを食べて直ぐに塾に行った。塾に着くと何故か一条さんが少し怒った顔をしている。手招きされたので傍によると


「高槻君、授業終わったら、なんですぐに居なくなるの?私は君と一緒にお昼を摂るの楽しみにしていたんだよ」


 そんな事急に言われても。だいたい、なんで俺が一条さんとお昼食べなきゃいけないの?


「黙っているけど、とにかく今日みたいな日は一緒にお昼食べて塾に来よう。ねっ!」


 そんな事言われてもですね。



 今日の講義が終わり、帰ろうとするといきなり腕を掴まれた。

「今日は、私と約束したでしょ」

「えっ?!」

「もう、とにかく一緒に来て」



 約束というより一方的に言われただけの様な気もするが、腕を引かれていては悪目立ち過ぎると思って、仕方なく彼女に付いて行った。



 場所は、学校のある駅の隣。この辺では一番賑やかな街だ。駅から数分も歩かない内に連れて来られた先は

「えっ?!」

「君、えっ、しか言えないの?」

「だって、ここ」


 そう美容院だ。彼女はいきなりドアを開けると


「叔母様、連れて来たわ」

「いらっしゃい。千佳ちゃん、待ってたわ。その子ね」

 叔母様と言われた女性、とても素敵なアラフォーと言った所か。


「へえ、中々の素材ね。楽しみだわ。直ぐにそこに座って」

「は、はい」

「何か、希望ある?」

「なにもありません」


 だって、いつもカット二千円でお釣りがくるとこしか行っていないし。そもそもこういう世界が分からない。



 それから約一時間半。

「千佳ちゃん、どうかしら?」


 私は一瞬、誰か分からなかった。

「す、凄い。全く別人みたい」

「そうでしょう、そうでしょう。元々目は大きくて鼻も筋が通っていてしっかりしているし、口元引き締まっているわ。それに少し細面。背も高いからモテるわよ」

「えっ、それは困るけど」

「ふふっ、千佳ちゃん、この子が好きなの?」

「えっ、いや。そんな事は」

「そんな事言っていると直ぐに遠くに行ってしまうわよ。頭も良いと聞いているし」



 私は、まだ高槻君に恋愛感情はない。だけどこの子の潜在的魅力がどうしても気になる。


 髪の毛はボサボサ、あまりみんなと関わろうとしないけど、髪の毛が揺れた時なんかに見せるはっきりした綺麗な目、すっと通った鼻筋。引き締まった唇。


 もし、磨き上げたらどうなるんだろうという私自身の興味だ。それにまだ未知数の頭脳、彼は今、本気出して考査や模試に臨んでいるとは思えない。

なのに結果はいつも五位以内。もしそれが目覚めたらと思うとぞくぞくする。


 だから、高槻君に興味がある。思った通り、本来の彼の容姿は姿を現したけど、想像より良すぎだ。

 これは想定外。良い意味で目立ちすぎる。学校だけではない、変な輩(女の人)が寄って来るとも限らない。余計傍に居ないと。



 俺は、目の前の鏡に映る自分を見て君誰?って思ってしまった。髪の長さは前後とも短くされて、緩くウエーブが掛かっている。そして前髪が軽く流れる様に別れている。


 髪の毛を長さは一見変わらないけど今までより全体的に短い。その後、一条さんと叔母様の会話から俺自身だと分かると


「あの、これって」

「ふふっ、いいでしょう。君の輪郭や顔のパーツが生き生きする髪型にしてみたの。手入れも簡単よ」



 俺は椅子から降りると

「あの、代金は?」

「そんなの良いわ。大した手間掛けていないから。千佳ちゃん、三週間後にもう一度連れて来て。もう少しして見たい事が有るから」

「はい」


 一条さんが嬉しそうに俺を見ている。



 美容室を出るともう午後六時を過ぎていた。駅前のスーパーまだ品あるかな?


 駅に行きながら

「ねえ、明日塾行くでしょ?」

「もちろん、行きますけど」

「じゃあ、塾のあと時間開けておいてね」


 何でそんな事言うんだろう。



 俺は、自分の家の最寄り駅で降りると急いでスーパーに入った。何故か、女の人達がジロジロと俺を見てくる。そう言えば電車の中でもなんか見られていたな。



 急いで買い物を終わらすと家に向かった。この季節、この時間は大分薄暗い。前から誰か歩いて来るが、それが加奈子だとは気が付かなかった。


―――――


面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価頂けると投稿意欲が沸きます。

感想や、誤字脱字のご指摘待っています。

宜しくお願いします。


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