第六話 剣仙の皇子と第一皇子の思惑
刀夜は
だが、いつも穏やかな泰然が珍しく厳しい顔で『その件はあまり詮索せぬように』と釘を刺してきた。
「泰然様は常夜の魔女についてご存知ないのでしょうか?」
「いや、否定はされたが、恐らく把握されておられる」
もともと月門の邑には、森に住み
それも泰然に尋ねてみたのだが――『常夜の森で暮らす
だが、その答えで泰然が魔女について把握しているのだと察した。容貌まで伝わっていない魔女を泰然は姑娘と知っていたのだ。
泰然は何かを隠していると刀夜は感じたが、その場は引き下がり独自に調査を始めたのが
「
「どうだろう」
「まだ
「調査だけでしたら人をやっても良かったのでは?」
「もし窮奇が堕ちていれば、
今でこそ聖獣に数えられる窮奇だが、その前身は
建国神話では、開祖日帝が常夜の森を切り拓いた時に数々の妖魔の妨害にあったとある。
窮奇も日帝の配下を
「対抗するには軍か方士達を派遣するしかない」
だが、それでは騒ぎが大きくなってしまう。自分が出向いて秘密裏に処理しなければなるまい。刀夜はそう決断したが、夏琴は何とも不安が拭えない。
「であれば
儀藍も刀夜の
「俺も儀藍を供にしたかったが……」
文武両道の人格者で刀夜の懐刀。供とすれば窮奇討伐に大きな力となってくれただろう。
「俺の留守を任せる人材が他にいなかったからな」
全てを水面下で行う為には月門行きを秘匿しなければならない。腕だけではなく頭も回る儀藍なら時間を稼いでくれるだろう。
「そちらは
「お前では
「そ、それは、その……め、面目次第もございません」
夏琴自身も腹芸が苦手だと自覚はある。儀藍の代わりに留守を守るのは無理だと恐縮した。
「そう
実直な性分の夏琴は裏表の無い好漢だ。そんな彼だからこそ刀夜は信用して側に置いている。
「一緒に儀藍の下で剣を磨いた兄弟弟子だろ?」
刀夜としては夏琴に貴族との駆け引きは望んでいない。だが、愚直に剣の腕を磨く彼の力は信頼に値する。
「夏琴と一緒なら恐いものは何も無い」
「お任せ下さい、
反らした胸を拳でドンっと叩く夏琴の快活さに刀夜は微笑んだ。
「ふふっ、頼りにしているぞ」
「はっ! この命に代えましても刀夜様をお守り致します」
「ははは、まあ程々にな」
二人は北へと馬を走らせた。
ふと影が落ちる。
見上げれば行く手の北の空から厚く昏い雲が迫っていた。
(湿気てはいないが)
雨が降りそうと言う程ではない。だが、立ち篭める暗雲に刀夜は眉間に僅かな皺を寄せた。
「何事も無ければ良いのだが……」
それが
そんな刀夜の不安が天に聞こえてしまったのか、城郭が視界に入った頃にそれは起きた。
「刀夜様あれを!」
「早速か」
的中しなくてよい予感が現実となり刀夜はげんなりした。
「
「どうも男達が婦女子一人を囲んでいるようです」
まだだいぶ遠く刀夜には
人一倍
「急ごう」
「はっ!」
二人が手綱を譲れば馬が
やがて刀夜にも武装した男達が一人の
「揉め事か?」
「ぬぅ、か弱き
夏琴が義憤に
「あれは⁉」
「虎⁉」
驚いた事に、一人の男が槍で突こうとした白猫がいきなり大きく変じたのである。どう見ても虎にしか見えない元猫が襲ってきた男を返り討ちにして地に組み伏せた。
「いかん!」
このままでは血を見る争いに発展するは必定。
二人は更に馬を急がせ修羅場へと駆けつけた。
「貴様らそこで何をやっているか!」
夏琴の良く通る声が一触即発の空気を破った。その場の全員が驚き夏琴に視線が集中する。
「双方とも矛を収めよ!」
夏琴の大声に男達は目を
こちらを見詰める紅い瞳は血よりも鮮やかで、その神秘的な輝きを己の
胸がぐっと強く掴まれたような感覚に襲われ、まるで吸い込まれるように彼女から目を逸せない。
だから、刀夜の口からその言葉が零れ落ちた――
「美しい……」
――と。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます