帰還

俺たちは王都に引き上げる前にそれぞれの村に挨拶をした。

ラウリイには良い騎士になれよ、と言って、軍服の襟についているワッペンの片方を土産として残した。そんなものしかあげられるものが無かったが、ラウリイは泣いて喜んでくれて、姿が見えなくなるまで見送ってくれた。


偏屈な村長は最後まで偏屈だったが、多くの患者が回復したことに一応感謝を示してくれた。

「ところで、王都には賢人がいると聞いたが。以前、この村の小麦が病害にあったときに、賢人からの助言でなんとか持ち直したらしい。心当たりがあればワシの代わりに礼を言っておけ」

「あー、それたぶんコイツの…」「わかりました」

要らないことを言おうとするジャンの言葉に被せて言う。ジャンはおや、とした顔で俺を見ていたが、素知らぬふりをした。

「必ず伝えます。どうかお元気で」

多くの人が俺たちを見送ってくれた。きっともう会うことは無いと思うが、彼らの無事と幸せを心から祈って俺は礼をした。



帰路が同じだったやつらと合流しながら帰ってきたため、俺たちは二十人くらいの集団になっていた。約一か月ぶりに王都の門をくぐると、まずヴォイトヴィッチ軍事局長閣下が直々に出迎えてくれ、一人一人の顔を見ながら労いの言葉をくれた。聞けば、三々五々帰ってくる騎兵たちをみんな出迎えているらしい。


そして王都には、俺たちの帰還を出迎えに来てくれたらしい人々がそこかしこに集まっていた。おかえり、とか、ありがとう、とかいう声が聞こえる。「きしさま、おかーえりーーー!」と叫ぶ子供たちは、一か月の間に少したくましくなったように見えた。

「ガルディウス!!!」

そんな喧騒に混じり、遠くから俺を呼ぶ懐かしい声がする。目をやれば、小走りでこちらに走り寄るレティシアがいた。だから、走るなっていうのに。アレスがわきまえたように小走りになりレティシアを迎えに行く。ひらりとアレスから飛び降りた俺は彼女を抱きとめた。


「ガルディウス、おかえりなさい」

「ただいま」

「作戦は上手く行った?!」

「ああ、みんなが考えてくれた通り」

「良かった…!」

「悪い、ゆっくり話したいんだけど一応色々報告とか行かなきゃいけねえんだ」

「うん、分かってる。顔が見たかっただけだから」

「今度ゆっくり飯行こうぜ。また連絡する」

アレスにまたがり手を振るレティシアから離れてしばらくすると、ジャンが俺の横に並ぶ。

「…お前、どーしたの。てっきりまたレティシアちゃんと相乗りでもするのかと思ってたのに。向こう行ってからホントなんか変わったな」

「あー…」

ジャン以外のやつに聞かれるのが気恥ずかしくてどう答えたもんかと逡巡してしまう。

「自分が何を守りたいのか、わかったのか」ジャンがそう短く言った。はっとしてジャンを見れば、二人の時だけに見せる真剣な顔をしていた。

「…ああ」

「…そうか。レティシアちゃんとは、ゆっくり話せよ。…一緒に北に行こうぜ」

「お前…なんでそんなに分かるんだ、色々」

「あ?…あー、北行きが正式に決まったら教えてやんよ。平民上がりだといろいろあんの」

ジャンは俺の背を軽く叩くと、馬列に戻っていった。



その数日後、最後の隊が王都に帰還した。騎兵隊九十八名、怪我をしたやつもいるが軽傷にとどまり、幸いみんな無事に作戦を終えたとのことだった。

無事報告書を提出し終えて落ち着いた俺はジルの医務室を訪れる。

「やあ、おかえり」

まるで感染症など無かったかのように、いつもの調子でジルは言った。

「なんか、もっとこう、感動的な出迎えはねーわけ?」

「レティシアさんから、君が帰ってきたその日に無事の知らせを聞いていたから。それに、君は僕に熱い出迎えをされて嬉しいわけ?」

「確かに。いらね」

ジルは「でしょう」と言うといつものようにコーヒーを差し出してくれる。その揺れる水面に、いつかのことを思い出した。


「どんなでした、現場は。一応、報告書はすべて読んでいるけど」

被害が酷いところほど、隊員の中でも話には上がってこない。ジルの方が詳しいはずだった。聞けば第三外区の村が二つ滅び、感染が酷かった村では暴動が起きたところもあるらしい。

「まあ、酷い言い方のようですが想定内ではありますけどね。作戦自体はどの村でも無事に完了しています。感染症の掃討はこれで終わったと思って問題ないでしょう」

「そうか。よかった」

「ええ。よかったです本当に」

「俺、北方遠征に行くわ。レティシアは置いていく」

急な俺のあっけらかんとした発言にジルは目を真ん丸くした。何かを言いたいようだが何から言えばいいかわからないというように口をパクパクしている。その顔に腹を抱えて笑う。


「アホ面」

「…どうしたんですか、また急なことで。もしかして、派遣先の村で恋人でもつくったんじゃないでしょうね?」

「アホ。騎士の鑑たる俺に、失礼なこと言うなよ」

「じゃあまた、急にどうして」

「…それはまた今度、酒飲みながらでも話そうぜ。来週の金曜でどうだ」

「いいですけど、なんでそんな先に?忙しいんですか?」

「いや、ちょっと、いろいろ事情があって」

「ふうん?じゃあ、作戦終了祝いで僕がご馳走しましょう。レティシアさんには遠征のことは?」

「まだ、今日この後話す」

今日は彼女と沢山のことを話さなければならない。口がうまくない俺がきちんと伝えられるか不安だが、きっと聡い彼女は言いたいことには気づいてくれるはずだ。ジルと飲むならば、そんな諸々が片付いたタイミングで気持ちよく酒を酌み交わしたい。


「そうですか。出立前に悩んでいたのもこの件ですか?」

「ああ、まあこの件っちゃこの件かな。それも、たぶんすぐにケリがつくと思う」

ジルはやけに嬉しそうにニコニコしている。

「なんだよ。俺がいなくなるのがそんなに嬉しいか」

「そうじゃなくて。君、ずっと悩んでたでしょう。結論が出せてさっぱりした君を見て、僕も安心してるんです。ほんとうに」

「あー…心配かけて悪かった」

「応援しますよ。君、王立学院のころからずっと煩いくらいに行きたいって言ってましたからね。君が沢山努力してきたのも知ってるから、僕も嬉しいです」

「…おっさんになるとそういう恥ずかしいこと平気で言えるようになるのな」

「このくらいで照れちゃう人のことを青二才って言うんですよ」

うるせ、と二人で笑い合った。

「じゃあ時間だから行くわ」

「ええ。レティシアさんによろしく。君もせっかく決めたんだから、大きな怪我や病気はしないように気を付けて。まだまだ先のことだけど、…寂しくなります」

「怪我も病気も親友の医者が治してくれるから心配してねえよ。…あとお前、もしかしたら寂しくならないかもしれないぜ」

もしかしたらな、とジルに笑いかける俺はきっとたくらむような顔をしていたと思う。ジルが首を傾げたが、じゃあ金曜、おごり楽しみにしてる。と部屋を出た。

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