果報は動いて待つ

一つ目の村にたどり着いた翌日は、村の周囲に野犬を捕獲するくくり罠を設置した。もちろん、人がかからないように目印を置くことも忘れない。

それが終わるといったん次の村に行くことを村長に告げ、移動を始める。


そこでジャンが、「ルディ、犬、一時の方向」と言って馬を走らせた。

今回の作戦では犬を駆除する方法として罠が推奨されていた。騎馬上からは剣が届かないし、かといって感染症持ちの犬に噛まれるわけにはいかない。

ジャンと目配せしながら、お互い馬を駆り犬を追い込む。クゥン、という甲高い声がして罠の一つに犬がかかったことがわかる。血を浴びないように気を付けてとどめを刺し、火葬する。


次の村では村長からけんもほろろな対応を受け、話も聞いてもらえず一度街を追い出されてしまった。しばらくどうしたものかとうろうろしていると、村長の奥さんが様子を見に来てくれ話を聞いてくれた。過去にいろいろあって、貴族を毛嫌いしているらしい。よくある話だ。


疫病?!あらやだ、じゃあもしかして…。と言うので、心当たりの家に連れて行ってもらう。奥さんには入り口で待機してもらい、ジャンと俺はハンカチで鼻と口を覆い手袋をはめてその家に入った。


汗と糞尿が混じった死のにおいがむっと充満している。中では犬が目から血を流して死んでおり、寝室では老人が赤い目をして亡くなっていた。

奥さんに、彼が感染していたこと、彼と交流があった人も感染している可能性があること、それらの人の隔離が必要なことを告げる。


奥さんは慌てて村中の人を集めてくれ、俺たちの話を聞くよう促してくれた。話が済んだあと奥さんに、ご主人無視して大丈夫ですか?とジャンがいつもの口調で聞いた。いいのいいの、ただの偏屈なじじいなんだから。というこざっぱりした口調に俺たちは苦笑した。

その日もジャンとポツポツとだけ会話をし、就寝する。


そんなふうに淡々とやるべきことを行って数日経つと、俺らの隣の村に派遣された第二小隊のロイドが予定通りに船で運ばれた大量の薬を持って来た。

「おうロイド、そっちはどうだ」

「結構広がっちまってる。無事な人の方が少ないくらいだ」

「そうか…お前も気を付けろよ」

「ああ。じゃあまたな」

短い会話だけ交わすと踵を返していった。俺らに割り当てられた分だけの薬を取り出すと、じゃあ行くわ、と言ってジャンが次の村に残りの薬を届けに行く。今の時間からだと、戻りは明日になるだろう。

久しぶりに一人で横になる。王都にいるときには感じられなかった、自然が織りなす静寂が俺を包んだ。すべきことがあり、それが人のためになり、そして一日を終える。静かな充足感が俺を包んでいた。



しかし、王都を出てから十日が過ぎようとしてものろしは上がらなかった。そろそろのはずだ。こちらは犬の駆逐も患者の隔離も終えている。

医局のやつら、何をやってる。やっぱりジルを行かせるべきだったか。

「ルディ、じりじりしてもしょうがねえだろ」

「しょうがねえけど、じりじりするだろ」

「俺は二つ座右の銘を持っててな、『果報は寝て待て』と、『退屈は人を殺す』だ」

「矛盾してねえかそれ」

「ノンノン。寝て待てないくらい退屈だったら、動いて果報を待てばいいのよ」

「でも、もうやるべきことは終わったろ。患者の世話くらいで」

「まだ一番大事なのが残ってんだろ」

「なんだよ」

「け・ん・し・ん」


ということで、翌日から俺たちは村人の手伝いを申し出た。村人たちは初めみな恐縮して遠慮していたが、ジャンがいつもの調子でごまかすと徐々に心を開いてくれるようになった。

作物の収穫や、痛んだ教会の修繕、薪拾いに薪割りなど。なるほど、やるべきことは山ほどあって、しかもそのどれも俺たちには新鮮で刺激的だった。

畑で不気味な虫を見つけて叫んでみたり、修繕した教会に感涙する老婆を慰めてみたり、俺とジャンで薪割り競争をして村人を湧かせてみたり過ごしていると、感染症のことを一時忘れてこの農作地区に吹く風のようにすがすがしい気持ちが通り抜けていく。


王都を出て二週間がたったころ、やっとのろしが上がった。俺らはのろしの指示通りの薬を患者に投与して回る。

薬の投与が終わって、経過観察のための一週間も無事過ぎた。症状が重かった人の中には助けきれなかった人もいた。それは分かりきっていたことだ。俺の背をジャンは何も言わずに軽く叩いた。

もう俺らにやるべきことは残されていなかった。


「明日帰るか」ジャンがポツリと口を開く。

「あー…そうだな。なんかあっという間だったなー…」

「ええ?珍しいな。てっきりレティシアちゃんに会いたくてうずうずしてるのかと思った」

「…あ」

そういえば、この三週間の間、レティシアのことをほとんど考えていなかった自分に気づいた。

「お前、『あ』はやめてやれよ…あんなに良い子に対して」

「いや、なんつーか…村の生活も楽しかったっつーか…」

「ああ、お前、はたから見てても楽しそうにしてたな。ラウリイに訓練の真似事してるときとか。夜盗が出た時の対応をみんなに教えてるときとか」

あと、畑で虫を見つけた時な。と小ばかにするように言った。最初の村で会った少年はラウリイといい、騎士になりたいというので剣術らしきものを教えていたのだった。

「…俺、騎士向いてねえのかな…。剣術ごっこして楽しんでるなんて…」

「いやいや逆だろ。広く人民を愛して庇護するのが騎士たるものの務めって教科書に書いてあんだろ。村人にこれだけ寄り添えるっていうのは良い騎士の証拠。じゃ~…ふあ、また明日」


広く人民を愛して庇護するのが騎士たるものの務め。その言葉に王都を出立した時の感情が蘇ってくる。


「あー、そうかー…そうか…」

笑いたいような泣きたいような気持ちが湧き上がってきて、俺は大地に横になった。少し早い草いきれの青い香り。

俺は初めて王都の外で、レティシアのことをじっと考えた。帰ったら、何から話そうか。あいつも王都からほとんど出たことが無いはずだから、話したいことがたくさんある。話さなければならないことも。

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