完璧に美しい日

作戦会議から僅か三日後には全騎兵隊の出立準備が整っていた。

「改めて見るとすげー数だな」

「ああ」

予定通り、九十八名が各自の愛馬とともに訓練場に集合している。俺たち第一小隊はその先頭で合図を待っていた。


訓練場の周囲を取り囲むように見送りとして総統院勤務者が集まっていた。目をこらすが、さすがにこの人数の中からレティシアを見つけ出すのは無理か。

あの作戦会議のあとも彼女の態度は変わらず、きっと彼女自身もその気持ちに気づいていないのだろうと察しがついた。だから俺も今は無駄に考えず、まずはこの作戦に集中しようと思っていた。


「ルディ!」と別の隊の奴に呼ばれそっちを見ると、そいつが指差す先にわちゃわちゃと押し合いへし合いしている一帯を見つけた。その中心に見慣れた栗色の髪を見つけた俺は笑いながらアレスを駆った。途中、教えてくれたやつにさんきゅ、と手を上げる。

軍事局を含めた総統院全体に、今回の作戦を作った中心人物がレティシアであることは広く知れ渡っていた。地味な図書係が、一日にして総統院のヒロインになってしまった。

「レティ、何やってんのお前」

「ち、違うの。私は後ろの方で見てるって言ってるのに、みんなが前に押してくるんだもの!」

みんなっていうか、主にラウラとハンスだ。

「乗れよ。正門まで一緒に行かないか」

「ええ?!い、良いわよそんな」

「いいから」

レティシアの体ごと腕を引っ張り上げ、鞍に座らせる。ヒューっと歓声が上がった。一団の中には当然ジルの姿もある。

「行ってくる」

「ああ、気を付けて。帰りを待ってるよ」

「…留守の間頼むな」

ジルは笑顔で手を挙げた。そのままアレスの踵を返して一団の中に戻る。


「ね、ねえルディ、本当に恥ずかしいんだけど」

「だって、わざわざ他の隊の奴が教えてくれたんだぜ、あそこで押しくらまんじゅうして遊んでるの。迎えに行って来いってさ」

「ええ?!」

「みんなお前のこと見たいんだよ。たまには見られてやれ」

そういう間にも、部隊の方からは拍手やら、作戦立案を称賛する声などがレティシアに注がれていた。

第一小隊に戻ると早速ジャンが近寄ってくる。

「初めまして、コートウェル女史。俺、ルディの大大大親友のジャンです。やあっと会えた」

「ああ!初めまして!ルディったらあなたのこと大好きみたいで、いつもお話をお伺いしてます」

「知ってるー」

「おい」

「今回の作戦、ルディとずっと同行なんだ。本当は君みたいな可愛い女の子と一緒がいいんだけど」

「あら、そうなんですか?!嬉しい。ジャンさん、騎兵隊の中でもルディと1,2を争う実力をお持ちだって伺ってます。そんな方が一緒にいてくださればルディも安心だわ」

「…かーーーわいい!!えっ、こんなにかわいい女子、世界に存在していいの?!」

「お前、嫁さんに言いつけんぞ」

「残念、君は今から出立でーす」

俺たちの会話をレティシアは声をあげて笑いながら聞いている。そこに、出立を告げるファンファーレが響いた。私もいていいの?と目で訴えるレティシアに力強くうなづいた。一番の功労者に文句言うやつなんているはずがない。


ジャンが俺に付いたのには理由がある。本来ならばこんなに戦力として突出したペアを作るべきではないのだが、事の経緯を知ったジャンは、レティシアのために絶対にガルディウスだけは生きて返さないといけない。どんな事態が起きても俺ならガルディウスを守れる、と小隊長に交渉してくれたらしい。ああ見えて情に厚いいいやつなのだ。


前ではヴォイトヴィッチ軍事局長閣下が激励の言葉を投げてくれている。

「…貴公らも聞き及んでいるだろうが、今回の作戦はとある才気煥発な文官の少女が中心に作り上げたものだ!」

俺の腕の中にいる『とある才気煥発な文官の少女』を覗き込めば顔を赤くして固まっている。

「彼女は王国全土を一つも欠けることなく救い出すために、この奇跡のような作戦を生み出した!だがそれは、彼女の献身と不屈の精神が人々の心を動かしたゆえに実現した奇跡である!」

おお!と地響きのような声が響く。

「貴公らが日頃、国の安寧に勤めることができるのは、これから向かう一つ一つの村の支えがあってこそと心に刻め!そして、それらすべての村を脅威から解放するために献身し、一人も欠けることなく帰還せよ!」

おお!!

「大陸軍騎兵隊、前進!」



騎兵隊の軍旗が風にはためき、きらめく。そのすぐ後ろを俺とレティシアは心地よい蹄の音を聞きながら進む。

「ルディ、本当に気を付けてきてね」

「おう」

「怪我しないでよ」

「任せろ」

「…なんかルディ、嬉しそうね?」

言われてみると確かにレティシアの件でずっと感じていたチクチクとした痛みは消え、代わりに俺はこれまでに感じたことのない、強くて明るい感情に突き動かされている気がする。

「作戦会議の日の朝、お前、嬉しくてドキドキして眠れなかったって言ってたろ。それに似てるかもしれない。楽しみなんだ」

街の家々からは人が路上に出てきて期待を込めたまなざしを向け、笑顔で見送ってくれた。子供たちが「きしさまいってらっしゃーい!」と叫んでくれる。目をキラキラさせるその姿に高く腕を上げて応える。風にはためく洗濯物と、どこかから漂う美味そうな料理のにおい。

作戦の成功を約束するような、出立にふさわしい完璧に美しい日だ。


正門が見えてきたあたりで少し馬足を速め、隊列から逸れてレティシアをそっと下した。

「行ってくる」

「うん、待ってる!」

短い挨拶を交わすと正門をくぐり農作地区に足を踏み入れる。見渡す限りの大平野が広がっていた。ここからはどこに脅威が潜んでいるかわからない。

長い列をなしていた騎兵達はそれぞれの目的に向かい、途中で隊列から逸れて散り散りになっていく。



俺とジャンは第二外区の二つの村を担当していた。

まずたどり着いた一つ目の村で村長に事の経緯を説明し協力を依頼する。村長も村人たちも、突然のことに困惑しつつも好意的に協力してくれた。

幸いこの村では感染者はいなかったものの、野良と飼い犬の中間のような形で育てている犬が水を避ける反応を見せた。感染している犬は殺処分しなければならない。


「…その子、殺しちゃうの…」この犬と仲が良かったらしい小さな男の子が、麻袋に捕まった犬を見て母親のスカートに縋り付きながら小さく呟く。

俺は膝を折ると彼の目を見ながら、彼に伝わるようにと祈りながら言った。

「この子、悪い病気にかかっちゃって、その病気のせいで、君のことを傷つけちゃうかもしれないんだ」彼の顔がくしゃり、と歪む。

「もし君が悪い病気にかかって、そのせいで君のママを傷つけちゃったら、どう?」

「…やだ…」

「うん、この子も、君を傷つけたくないって思ってる。傷つけちゃったらどうしようって怖がってるんだ。だから、もう楽にさせてあげたいと俺は思う。いいかい?」

「…治らないの…?」

「ごめんね、今は、この病気は治せない。でも君が一生懸命勉強して、動物のお医者さんになってくれたら、君が治せる方法を見つけられるかもしれない」

「…わかった…でも…痛くしないであげて…」

「もちろん。ありがとう、ちゃんと話を聞いてくれて。君は強い子だ」


村からだいぶ離れたところまで出て、暴れる麻袋の上から、急所を見極めて一息で突いた。ギャッという声。痙攣が剣から伝わる。あらかじめ集めておいた木片に火を起こし火葬にした。


日が暮れた頃、村の空き地を借りて野営の準備をし、干し肉と野菜を適当に鍋にぶち込んだスープで腹を満たしながらジャンと明日の予定について話し合った。

「しかし、…お前、俺と二人だとほんと喋んねえな」寝転んでタバコをふかしているジャンに言う。

「…お前と二人の時くらい楽させてくれ。今更世間話も無えし」

「俺、お前はそっちのキャラの方が女受けいいと思うぜ」

「…女受けなんてどうでもいいって知ってんだろ」

ジャンは寝る、といいタバコを焚火に投げ入れると改めて寝転がった。あの子、分かってくれたと思うぜ。無口ながらも伝えるべきことはちゃんと伝えてくれる。ジャンの言葉に笑みを浮かべた。

濃紺の空には少し欠けた月が冴え冴えと光っている。すべてが淡々と進んでいた。




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