第7話

 殿様と勘兵衛たち一行は、敵の軍に攻め寄せられたことから、本陣を山裾から相手の姿が見つけやすい後方の裾野へと移しました。

「勘兵衛。そちのおかげで、余は一命を取り留めた。有難く思うぞ」

「はっ、もったいなきお言葉。勘兵衛は、自分がすべきことを行ったまででござる」

 すると、殿様は小さく空を仰ぎ、

「世が大平となった今、儂は領土の奪いあいより開拓していくことが、民のためとなり良き政事になると思っていたが、それは間違いであったのかのう」

と、寂しそうに呟きになりました。それを聞いて、勘兵衛は、数年前の自分であれば、

「武士は、領土を守り押し広げるのが仕事でござる」

と言っていただろうが、ここ数年のことで考えが少しずつ変わって来たことを感じていたために、何も言えませんでした。事実、敵の兵を薙ぎ倒し蹴散らすことが出来た勘兵衛でしたが、その行為にあまり喜びを感じられないでいたのです。

 そこに、見張りに出ていた味方の兵が伝令に現れました。

「殿、敵は、我が堤防を攻撃する事は、もうないものと考えたらしく、本陣を蔓山中腹の稲荷堂に移し、更なる大軍を持って、我が領地内に迫ってきております」

「うぬ、裾野にまで侵入されたならば、撃退するのはより難しくなる。すぐさま、我が兵を集め迎え撃て」

「はっ」

と伝令の者が戻ろうとしますと、その背に、

「儂も行く」

と勘兵衛の声が飛んだのです。

「そなたは、先ほどの戦いにおいて大分疲れているはずではないか。にも関わらず、出陣するというのか」

「殿、拙者の仕事はこれより他にありませぬ」

と言い放つと、殿様の「済まぬ」という声を聞きながら、その場から下がったのでした。

 その後勘兵衛は、三十余人の家臣を引き連れて、敵の陣地へと向かって行ったのです。

 勘兵衛たちが山裾に着くと、すでに木材によって築かれた柵が数十基あり、敵兵はそこに控えていました。勘兵衛が攻めてくることに備えて作ったものと見られます。 

 敵兵はその柵の内側にいて、勘兵衛の姿を見ても一向に攻め寄せようとはしません。居座ろうという策略を撮ろうとしているるのかもしれないと思った勘兵衛は、

「勘兵衛、ここに推参。我首を欲しくば、その柵より打って出よ」

と挑発してみたのですが、依然として動きはありません。よく見ると、勘兵衛のあまりの恐ろしさに震えている者もいます。

「攻めてくることができぬなら、直ぐここを引き払い、自藩に帰られるかよかろう」

 そう言って、馬を反転した時でした。敵の侍大将らしい鎧武者が、進み出てきたのです。

「さすが、この国に鬼の勘兵衛ありと言われたその人よ。うちの兵たちも震えておるわ」

「その兵士たちの士気を鼓舞させようと、儂に挑みに来たか。相手になってやるぞ」

「儂の名は、向坂藤右衛門。お主には、息子が冥土に行くのに、お世話になったようじゃのう」

 勘兵衛は、昨日馬上の戦いで破った若者のことを思い出し、少し嫌な気分になりました。

「仇討ちのために進み出できたのであれば、儂は陰も隠れもせぬ。尋常に勝負いたそう」

そう言って、鞍の後ろに備えていた太刀を引き抜き、手綱を手繰り寄せると、藤右衛門に向かって駒を走らせたのです。

 するとそれを待ち受けていたように、藤右衛門の前に横一列になった楯の囲いが、築かれたのです。それを見た勘兵衛は、

ー弓で射るつもりか?

と思ったときでした。一斉に竹の爆ぜる音がしたのです。同時に、右肩と左腿に熱い痛みが走りました。

ー鉄砲か!

「卑怯な!」

「ふん。何とでも言うがよい。お主のような化け物と相手をしても、儂が負けるのは畢竟。戦は常に新しくなっていると知れ」

 勘兵衛は、単なる小競り合いだと思っていた戦いが、鉄砲で撃たれたことによって、隣の藩が本格的な戦として臨んできていることを知らされました。そして、このことを一刻も早く殿に知らせた方が良いと考えた勘兵衛は、鉄砲の玉に当たらなかった左腕で馬の手綱を引き反転すると、一目散に味方の陣に戻って行ったのです。それを見た藤右衛門が、

「見たか。鬼も生き物、鉄砲にはかなわぬわ。今だ。一気に攻め込んで、鬼の首をあげよ」

と、激を飛ばしました。すると、さっきまで脅え上がっていた敵兵に、血の気が戻り、オーッという掛け声とともに、楯と楯の間から次々と騎馬武者が現れ、勘兵衛を追い掛けて行ったのです。

敵の騎馬隊に追い駆けられている勘兵衛の姿を見た味方の兵は、

「勘兵衛様をお救いしろ」

と、敵の騎馬隊に向かって行きました。そこに、また竹の爆ぜる音がしたかと思うと、勘兵衛を助けに来た何人かの味方の兵が、ばたばたと倒れて行くのが勘兵衛に見えました。

 そこで再び勘兵衛は、再び馬を反転させると、今度は敵の騎馬隊に向かって突っ込んで行ったのです。

 やがて、勘兵衛を中心にして両軍の激突が始まり、その戦いは日の暮れるまで続いたのです。

 その間、多くの死傷者が出て、台地は赤く染まっていきました。そんな中、勘兵衛は、味方の軍の多くの兵を救おうと、傷ついた体を駆使して活躍し、夕方には自分の体も真っ赤に染めながら、多くの死傷者を本陣まで運び込んだのです。


 隣の国の若殿様は、勘兵衛が狙撃された報告を聞くと、

「勘兵衛が傷ついた今、恐れる者など誰もいないわ。大軍でじっくりと攻めれば、必ず詫びをいれてくるであろう」

と、薄ら笑いをし長期戦で事を構えるよう指示したのでした。

 それは忠実に実行され、勘兵衛が鉄砲で撃たれてから三日間、隣の軍隊は鉄砲を使いながら、毎日大軍で攻めて行っては、旗色が悪くなるとすぐ退却するといった策略で、相手の軍を疲労させる戦をしていったのです。

 三日間の内、二日間は勘兵衛も無理して起き上がり、馬に乗って指揮をしていましたが、鉄砲で受けた傷から前のように思うような戦いをすることができず、山裾から先に進ませることはなかったものの押し戻すこともできませんでした。そんな中、ついに三日目には開いた傷口からの出血多量で、馬にも乗れないほど体力が落ちてしまい、休養せざるを得なくなってしまったのです。

 その報告を受けた、隣の国の若殿様は、

「鬼勘が戦場に姿を現さなかったということは、奴はもう使いものにはならんということだ。鬼勘の居ないこの藩など、赤子の腕を捻るより容易いこと。数で押していけば、あいつらは必ずや降参するだろう。こちらも、あながち多くの死人を出す必要もあるまい。ゆっくり攻め、我藩に逆らう恐ろしさを味あわせるがよいぞ」

と、命令したのです。

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