第112話 見えた!

 ドラゴンの鳴き声を聞いたイーリンさんが、「見えたわ!」と、叫んだ。


「何が見えたの?!」


「さっきのドラゴンの鳴き声から、ぼやっと紫色っぽい花が見えたの。多分、モリスだわ!」


「こっちも見えた」

と、今度はデュラン王子が言った。


「距離があるから、ぼんやりしか見えないけれど、翼のあたりが炎症をおこしてると思う。そこが痛いんじゃないかな」


「もしかして、このドラゴン、モリスを欲しがってるのかしら? モリスって、なにか効能があるの?」


 私の質問にデュラン王子が考えながら答えた。


「栄養はある。だけど、薬草のような効能があるかといえば……聞いたことがないな」


 ドラゴンを注視していたユーリがドラゴンから目を離して、私の方を向いた。


「どうしたの、ユーリ?」


「もう火を吐くことはないと思う。こちらに向けていた殺気も消えたし、弱ってるみたい。あ、ランディも、もういいよ。水は使わなくて済みそうだ」


「ユーリさん、ぼく、ちゃんと出来てましたか?」


 期待に目を輝かせてユーリに聞くランディ王子。


「そうだね……。ホースというより、糸ぐらいの細さで湖と俺をつなげてたね。まあ、でも、初めてなのによくやったと思う」


 ユーリがほめると、ランディ王子の顔が一気に赤くなった。

 そして、その真っ赤な顔のまま、何故か、私のほうを振り向いた。


「うらやましいだろ」

と、自慢げな顔をするランディ王子。


 いえ、全然。


 ランディ王子って、最初会った時は遅い反抗期かと思ったけど、今は小学生くらいの男の子にしか見えない。

 どんどん、精神年齢が若返ってるけれど、大丈夫なのかしら?


 そこで、アンドレさんが、はっとしたように言った。


「あ、思い出した! このドラゴンを保護したのは、モリスの花が群生している場所の近くでした。もしかして、そこへ向かってたのかな? この状況では飛べなかっただろうし……」


「ちょっと、ようかんに聞いてみます。ようかん!」


(なあに、かあさん)


「ようかんは、モリスって食べることある?」


(モリスってなに?)


「小さい紫色の花よ」


(うん、あれね。食べるよ。どっか、体が痛い時に食べたくなるから食べる)


「そうなの!? 体が痛い時に食べるって言ってるわ!」


「興味深いですね。早速、モリスを採ってきて、食べさせてみます!」

と、ブリジットさん。


「実は、この後、まさにモリスが沢山咲いているところに、アデル王女様をお連れしようと思っていたんです」


 ジリムさんが驚いたように言った。


「そうだったの? じゃあ、ちょうどいいわ。私たちでモリスを沢山採ってきましょうよ!」


 私が張り切って言うと、ブリジットさんが首をぶんぶんと横に振った。


「いえ、そんなことを皆様にお願いするわけにはいきません。その後のご予定もおありでしょうし申し訳ないです。私が行きます」


「ジリムさん、他の観光はまた今度でいいので、モリスを採って、ここへ、また帰ってきてもいいですか? ドラゴンの様子も気になるし」


「ええ。ここから近い場所ですし、大丈夫ですよ。アデル王女様の観光ですので、アデル王女様のご希望にあわせます」

と、ジリムさんが微笑んだ。


「アディーは優しいね」


 デュラン王子がいつもどおり甘ったるく微笑むと、ユーリが鋭い視線でにらんだ。


「だから、人の婚約者をなれなれしく呼ばないでくれる?」


「ふたりともやめて。今はドラゴンの一大事なのよ!」


 私がふたりに注意すると、ユーリが不満そうに言った。


「僕にとったら、ドラゴンなんて、それこそどうでもいい。そんなことより、アデルが、他の男から慣れ慣れしく呼ばれているほうが気になるんだけど。許せないから、凍らせようかな……」


 ユーリ……。人は凍らせるもんじゃないからね。ほんと、やめて。


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