第108話 修羅場

 このドラゴンをどうやって離そうかと考えていたら、背中からすごい力で、ぎゅーっと抱きしめられた。


 振り向くと、いつの間にか背後にまわっていたユーリだ!


「ちょっと、何してるのっ? 離してよ……って、きゃあああ!」


 思わず叫んでしまった。


「ごめん、ちょっと我慢して。今、俺の魔力をアデルの体にとおしてるから」


 ユーリが私をしっかりと後ろから抱きしめたまま、耳元でささやく。


 なになになにっ? 

 私の全身を、得体のしれない冷たいなにかが駆け抜けてる!

 ゾワゾワするっ! 未知の感覚が怖いっ!


 と、思った次の瞬間、前から抱き着いていたドラゴンが私から離れ、ボーンと弾き飛ばされた。


 ん? 急にどうしたの!?


 今度は、くるりと体をユーリの方へむかされて、ユーリが全身で囲い込むように、私を正面から抱きしめてきた。


 ちょっと、ユーリ? 一体、何してるの!?

 恥ずかしいどころの騒ぎじゃないわ! 


 なんとか、ユーリの腕の中から脱出しようともがいてもびくともしない。


「俺のアデルに触るな! 近づくな! このクソドラゴンが!」

と、寒々としたユーリの声が頭上から聞こえてきた。


 キキィーッという高音が鳴り響く。ドラゴンの鳴き声だわ!


「ユーリさんの魔力で吹き飛ばされて、ドラゴンがアデルちゃんに近寄れないから、怒ってるみたい!」

と、イーリンさんの声。


「子どものドラゴン相手になりふりかまわず、しかも、アディーに何やってるの?」

と、デュラン王子の冷たい声。


「子どもだろうが、ドラゴンだろうが関係ない。アデルには触らせない」


 ユーリがいらだった声で言い返している。


「修羅場ですね」


 冷静に言うジリムさん。


「やっぱり、ユーリさんの魔力すごいな! ドラゴンがふきとんだもんな! あー、俺にも魔力、流してほしい!」

と叫んでいるのは、もちろん、ランディ王子だ。


 そして、私はいまだ、ユーリにしっかりと抱きしめられたまま。


 ええと、普通に観光しているはずなのに、何故、こんな混沌とした状況になるのかしら。

 とにかく、こんな荒れているユーリに、ドラゴンちゃんが接触してきたら危険だわ。


私は、心の中で念じる。


(ドラゴンちゃん、おとなしくしてて!)


(かあさん、わかった。ぼく、おとなしくする)

と、頭にひびいてきた。


 もう、なんていい子なの!


 すると、ブリジットさんの驚いた声が聞こえてきた。


「嘘でしょ……。ドラゴンが伏せた……!」


「犬みたいですね」


 冷静なジリムさんの解説が入る。


 ドラゴンちゃん、私の言うことを聞いてくれてるんだわ! 

 ほんと、感動してしまう……。


 残るはユーリね。とりあえず、この腕の中から脱出しないと!


「ユーリ、ドラゴンは私に抱き着いてこないから。離して」


「嫌だ。なんで、アデルにそんなことわかるの?」

と、子どもみたいなユーリ。


「頭で会話したから」


 はあーっと、ユーリが大きなため息をついた。


「アデルは、人間だけじゃなくドラゴンまでたらしこむんだね。もう面倒だから、俺だけしか見えないように閉じ込めておこうか?」

と、耳元で怖いことをささやく。


 かなり精神状態が不安定みたいね。まったく離す気がないみたい。

 

 とにかく、この状況から脱出しないと恥ずかしすぎるわ。

 自力でなんとかしないと……。あ、そうだわ!


 ユーリは、がしっと私を抱きしめているので、両手が私の背中にまわっている。


「隙あり!」


 私は、全力でユーリの脇腹をくすぐり始めた。


「うわっ!」


 ユーリの手がゆるんだところで、腕の中から飛び出た私!

 脱出成功! やったわ!


 ふと、まわりを見たら、みんながなんとも言えない顔で私を見ている。

 ええと、この方法、まずかったかしら?

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