第106話 一人じゃないよ

「どう見ても、あのドラゴン、アデル王女様しか見ていません。本当に、なにか言いたいことがあるような目です。アデル王女様に危害を加えるとは思えません」

と、アンドレさん。

 

 ブリジットさんが覚悟を決めたように、私を見た。


「では、アデル王女様、ほんの少しずつ、ドラゴンに近づいてみてください。危なそうなら、すぐに止めますので」


 ブリジットさんの言葉に、私は力強くうなずいた。


「なら、ドラゴンがアデルに危害を加えそうになった瞬間、ドラゴンを凍らせるけど、それでもいい?」


 不機嫌そうに言うユーリ。


「ちょっと、ユーリ、ダメよ! 絶対ダメ! 奇跡の生き物、ドラゴンなんだよ!」


「関係ないね。アデルに害を及ぼすものは、なんだって敵だから」

と、鋭い目でドラゴンをにらみながら言う。


 はあー。ドラゴンよりも、断然ユーリのほうが危なそうに見えるんだけど。

 やっぱり、ホームシックで情緒不安定だから、余計に心配性になってるのかな?


 仕方ないわね……。

 恥ずかしいけれど、情緒不安定なユーリを安心させなきゃね。


 私は、ユーリの顔をじっと見た。


「ともかく、私は大丈夫。絶対に無理はしない。だから、心配しないで。ね、ユーリ」

 

 そう言うと、覚悟を決めて、がばっとユーリのおなかのあたりに抱き着いた。

 力いっぱい、ぎゅーっとする。


「ユーリ。ホームシックで国に帰りたいのかもしれないけど、ユーリはひとりじゃないよ。私もいるし、みんなもいる。大丈夫だよ」


 そう言って、また、ぎゅーっとした。


 ユーリは美しい澄んだブルーの目を見開き、茫然としている。


「ええと、なんですか? そのタックル……」

と、つぶやく、ジリムさんの声。


 いやいや、タックルではなく、ハグです!


「アディーが抱き着いた時はびっくりしたけど、ホームシックって……。うん、笑える」

 

 クスクス笑いだすデュラン王子。


「アデルちゃん、色々間違ってる気がするけど、……そのままでいてね」

とは、イーリンさん。


「こら、ずるいぞ、アデル! 俺もいますから、ユーリさん!」

と、言いながら、ユーリの背後から抱き着き、すぐに、魔力でふきとばされたランディ王子。


 が、ユーリは相変わらず固まったまま。

 ランディ王子のことは、無意識に吹き飛ばしたんだね。やっぱり、すごい魔力だわ。


 それより、ユーリが大人しくなっている今がチャンスね。

 ということで、ユーリと離れ、ちょっとずつ、ドラゴンに向かって歩いていく。


「アデル王女様、ゆっくりでお願いします!」


 小声で、ブリジットさんが指示をとばす。

 皆が息をのんで見守る中、ドラゴンと私の距離が1mぐらいになった。


 と思ったら、急にドラゴンが私の方にトコトコと歩いてきた。


 うわあ、なんて、かわいいの!?


 そして、目の前までくると、金色の瞳が私をじっと見る。

 その瞬間、頭にびーんと何かが響いた。


(もしかして、ぼくのかあさん?)


 え……? なに、これ!? 


「今、しゃべった人いる?」


 私は振り返って、みんなに聞いた。


「いえ、誰も一言も話してません」

と、ジリムさんの声。


 ということは、今のドラゴンがしゃべったの? 

 しかも、私の頭の中に直接?


 私もドラゴンの目をじっと見た。


(今、あなたがしゃべったの? 私はあなたのお母さんじゃないよ)

と、心の中で念じてみた。


 すると、ドラゴンは翼をひろげて、私のおなかあたりに突進してきた。

 そして、私に抱きついた。まさに、さっき、私がユーリにしたように……。


「うそでしょ!? ドラゴンがこんなことするなんて! 信じられないわ……」


 ブリジットさんの声が聞こえた。


(かあさん、かあさんだ!)


 ドラゴンが抱き着いているせいか、さっきより、強烈に頭の中にメッセージが届いてくる。


(いや、違うわよ。私は、あなたのかあさんじゃないし、そもそも、私、ドラゴンじゃないわ)

と、私も強く念じてみる。


 すると、ドラゴンはキィーッと鳴きながら、更に強く、しがみついてきた。


「ドラゴンとアデルちゃんが虹の大きな玉につつまれて、ひとつになってる!」

と、イーリンさんが驚いた声をあげた。


 すると、やっと覚醒したユーリが猛然と歩いてきた。


「アデルに触るな! アデルから離れろ! このクソちび!」

と、ドラゴンに言い放った。


 冴えわたった美貌は高貴なのに、この口の悪さ……。

 すごい、ギャップね。ユーリファンに聞かせてあげたいわ。

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