第99話 まさか!

 場の雰囲気がなんとも荒れてきた。

 が、全く動じることのないジリムさんの声が響く。


「皆さん、馬車までさっさと歩いてください。他に観光ができなくなりますから」


 ジリムさんの眉間のしわが深くなっている。

 本当に面倒をかけてすみません……。

 

 ということで、私は隣にいたイーリンさんの腕をとり、ジリムさんに続くようにして早足で歩き始めた。


 すると、何故だか、ユーリがイーリンさんとは逆の私の隣へとぴったりひっついて歩き始める。

 その後ろには、バッグを持った小鬼がついてくる。


 そして、一人だけ、少し離れて、甘い微笑みを浮かべながら歩くデュラン王子。

 改めて、変な一団よね……。


 短い距離なのに、やっと馬車まで戻ってきた感じ。


「では、乗って来た時と同じ席に速やかに座ってください」

と、ジリムさん。


 わがまま放題の子どもたちを引率する先生みたいね……。


 ジリムさんの圧のおかげで、皆、文句も言わず、スムーズに馬車に乗る。

 そして、馬車が動き出した。


「次は、どこへ行くの?」


 デュラン王子がジリムさんに聞いた。


「ドラゴン保護センターです」


「え? ドラゴン? まさか、この国、ドラゴンがいるのっ!?」


 びっくりしすぎて、私は思わず叫んでしまった。


 だって、あのドラゴンよ? 物語とかにでてくる、あのドラゴンだよ!?

 まさか、ドラゴンという名のトカゲとかではないよね?


「いますよ。数は少なくなってはいますが、ブルージュ国にはまだいます。今から行く保護センターには、ケガをして療養しているドラゴンと親とはぐれた小さなドラゴンの2匹が保護されています」

と、ジリムさんが説明してくれた。


「まあ、珍しい生きものだけど、そんなに驚くことか? 変な奴だな……」

と、ランディ王子。


 頭にツノをつけた人に変だと言われるのは心外だわ。


「ちょっと、ユーリ! ブルージュ国にドラゴンがいるの知ってた?」


 思わず、隣を向いて聞いてみる。


「もちろん、知ってるよ。まあ、別に驚くようなことでもないし。…って、アデルは驚いてるね? やっぱり、ばかかわいくて癒されるね」

と、私の頭をなで始めた。

 

 ばかかわいいとか今はどうでもいい。そんなことより、ドラゴンよ! 


 前世での常識をひきずってたのかしら。

 ドラゴンは想像上の生きもので、まさか、この世界に生きたドラゴンがいるなんて思いもよらなかった。ほんと、衝撃ね……。 


 そして、そんなことを考えている間も、ユーリは甘ったるい笑みをうかべたまま、私の頭をなでている。


「うらやましい。 俺もなでて欲しい…」

と、つぶやいたのはランディ王子。


 そんな、うらやましがられることではないし、そもそも、その頭じゃ、ツノが邪魔でなでられないんじゃない?


 と、思ってたら、いきなり、ランディ王子が真向かいに座るユーリの方へ、前のめりで頭をつきだした。


 が、ユーリはそちらを見もしない。私の頭をなでつづけている。


 仕方がないわね……。

 私は手をのばして、ユーリのかわりに、斜め前にすわるランディ王子のツノをなでてあげた。


「なんて奇妙な三角形なんだ……。ランディ王子が次期公爵様に頭をつきだし、その次期公爵様はアデル様の頭をなで続け、アデル様はランディ王子の頭の突起物をなでる。なんなんだ、この状況は……」

と、つぶやくジリムさん。


「こら、アデル! 俺に触んな! 俺はユーリさんに、なでて欲しいんだ!」

と、文句を言うランディ王子。


「アデルに触られただけでも腹立たしいのに、なんて言いぐさなの、ランディ。仕方がないね」


 ユーリは冷たい口調で言うと、ランディ王子の頭に手をかざして、一瞬にして、残っていた氷の柱を消しさった。

 今や、溶けた柱のせいで、ランディ王子の髪がびしょぬれだ。


 が、ランディ王子は髪が濡れたことよりも、頭をさわって、氷の柱がないことを確認したとたん、わめいた。


「あーっ! ユーリさんの魔力が消えてる! 嫌だー!」


 嫌っていうか、変なツノが消えて良かったのでは?

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