第94話 精霊たち

 混沌とした雰囲気の中、ユーリが私にひっつくように近づいてきた。

 うん、嫌な予感しかしないわ……。


「精霊であっても、僕からアデルを引き離すものには容赦しないよ。覚えといて」

 

 そう言って、怖いくらいきれいな笑みを浮かべると、私の頬をさらりとなでた。


 ちょっと、皆の前でなんてことするの!

 いくら使い魔みたいな私を精霊にとられたくないからって、妖しさ満載で驚くじゃない!


 あー、また顔が熱くなってきた! せっかくおさまってたのに……。

 あわてて、熱くなった顔を手のひらであおぐ。


 恥ずかしいと思いつつ、まわりを見てみると、ジリムさんは興味を失ってるのか、全く関係ないところを見ているし、デュラン王子はユーリをにらんでる。

 そして、ランディ王子は私をにらんでる。


 ますます、混沌としてきたわね……。


 そんななか、イーリンさんが興奮気味に叫んだ。


「泉の精霊たちがアデルちゃんを取り囲んで、ぐるぐるまわりだしたわ! すごく、喜んでるみたい。しかも、泉のほうにひっぱろうとしてる!」

と、興奮気味に言った。


「え、そうなの? なんでかしら?」


 イーリンさんが精霊たちの状況を実況してくれる。


「今、みんなで、アデルちゃんの手をもったわ。で、泉にひっぱってる。……あ、そうか。多分、水に手をつけて欲しいんじゃないかな?」


「泉に手を入れていいの?」


「検査してますが、飲めるレベルの水質です。手を入れても大丈夫ですよ」

と、ジリムさんがすかさず言った。


 なら、やってみよう!


 ただ、泉はぐるりと低い柵がされている。

 柵ごしに手をのばしてみる。背が低いから、うーん、ぎりぎり届くかな?


 すると、ふっと体が持ち上がった。


 え?


「ほら、これで届くでしょ? 落ちないでね」

と、ユーリ。


 今、私、小さな子どものようにユーリに持ち上げられている状態だ。

 恥ずかしくて、思わず手足を動かす。


「動くと、もっとがっしり、ぴったり、抱きしめるけど。それでもいい?」


 うん、それは恥ずかしい。大人しくしてます。


 ということで、無事、泉に手が届いた!

 水の冷たさが気持ちいい! 


 でも、……あれ? 

 手のひらから、水がすーっと入っていくような感じがする……。

 なにかしら? この不思議な感覚……。


「あ、降ろしていいよ、ユーリ」


 私が言うと、ゆっくりとユーリが地面に降ろしてくれた。


「ユーリ、ありがとう」


「どういたしまして。もっと、だっこしてたかったけどね」


 だっこって……。私はペットじゃないんだけど。


 イーリンさんが待ちきれない様子で私に聞いてきた。


「アデルちゃん、手を水につけてみて、何か感じた?」


「うーん……、なんというか、水が、どんどん手から入ってくるような感じなのよね。吸収していってるみたいな……。ほら、見て。水が吸い込まれた感じで手がぬれてないの。一体、どういうことかしら? イーリンさん、精霊さんたち、なんか伝えてきてる?」


「アデルちゃんのまわりの精霊たちが飛び跳ねたり、踊ったりして、すごく喜んでる感じに見える。でも、なんで、泉に手をつけさせたのかはわからないわ……」


「ちょっと、僕に見せて」

と、デュラン王子。


 私はうなずき、水につけた私の手をデュラン王子の方へのばした。


 そのとたん、その手が、さっと横からにぎられた。


 え? あ、ユーリ? 


 ユーリが、デュラン王子の方へのばした私の手をがっしりとにぎり、自分の方へと引き寄せている。


「アデル。触らせないでって言ったよね? また、消毒するよ?」

と、青い瞳でじっと私を見据えながら、手をぎゅーっとにぎりこまれた。


 しまったわ! 

 精霊のほうに気がいって、ユーリとの約束をすっかり忘れてた。


「どれだけ余裕がないの? 独占欲が強すぎて嫌われるよ」

と、不満げにユーリに言うデュラン王子。


「独占欲があって、あたりまえだよね。婚約者なんだから。赤の他人は黙ってて」

と、冷たい声で言い返すユーリ。


 またもや、魔王同士が殺伐としはじめた。

 今日は楽しい観光よ! ほんと、やめて。


 唐突に、ランディ王子が「あっ!」と叫んだ。


 そして、私を指さした。


「げげげ、なんか、見える! アデルから、なんか、見えるっ!」


 王子らしさが一切ない口調でわめき始めた。

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