第92話 先が思いやられる

 馬車がとまり、扉があいた。


「到着しましたので、皆様降りてください」


 ジリムさんが私たちに声をかけ、先に馬車から降りる。


 続いて、席の並び順にデュラン王子、ランディ王子、イーリンさんと降りた。

 ユーリは一番奥に座っているので、次は私よね! と思い席をたつ。


「ちょっと待って、アデル」

と、私の腕をおさえたユーリ。


「どうしたの、ユーリ?」


「先に僕が降りるから。でないと、あの王子が待ち構えていて、アデルの手をとりたがるから。むやみに触られてほしくない」


「少し手をそえるだけでしょ?」


「ちょっとでも嫌だ。特に、あの王子は、すごーく嫌なんだよね」


 よくわからないけれど、これも魔王同士だからこその攻防なのかしら?

 どうでもいいことまで、競いたがるわよね。


「わかった。じゃあ、ユーリ、先に降りて」


 ユーリは立ちあがり、私の前を通り過ぎるときに、なぜだか私のほうに向きなおった。そして、私の両肩に手をおき、いきなり、その美しすぎる顔をちかづけてきた。


 え? なになに? どうしたの……!?


「じゃあ、先にごめんね」


 私の耳元でささやくと、抱きかかえるようにして私を座らせてから、優雅におりていったユーリ。


 時間差で心臓がバクバクしてきた。顔が一気に熱くなる。


 なに、あれ……!? 

 

 こんなに広い馬車なのに、あんなに接近してから降りる必要ないわよね?

 しかも、耳元でささやく必要もないわよね?

 抱きかかえるように座らせる必要も、もちろん、ないわよね!? 


 なんて、危険な生き物かしら!


 とりあえず、息を整えて、熱くなってしまった顔を手であおいでから、席を立つ。


 開いた扉から顔をだすと、私を待っている皆の目が一斉に集中した。


 あ、やっぱり、私、顔が赤いよね? 変よね!?

 誰もそんなこと言っていないのに視線だけで動揺してしまう。


 そして、目の前には、美しすぎる笑みをうかべたご機嫌のユーリ。宣言どおり手を差し出してきた。


 とりあえず、軽く手をそえ、さっさと降りようとしたら、ユーリが手をぎゅっとにぎってきた。


 ぎゃっ! なにしてるの!?


 ボンッと顔が更に熱くなった。


 とりあえず、馬車から降りると、イーリンさんが心配そうに寄ってきた。


「アデルちゃん、顔が真っ赤になってる。もしかして暑い? 何か飲む?」


「だ……大丈夫だよ! 今はもう普通だから!」


 あわてて答えた私。

 が、デュラン王子は何かを察してか、ユーリをすごい勢いでにらみつけていた。


 すると、ランディ王子がさささっと近づいてきた。


「降りるのが遅い。ユーリさんを待たせるな」

と、ものすごい小声で注意してきた。


 ユーリに聞かれたくないから小声なんだろうけれど、私も言いたい!

 出るのが遅くなったのは、ユーリのせいなんだからね!


「まだ、何ひとつ観光していないというのに、精神的に疲れた……。先が思いやられる……」

と、ユーリとデュラン王子を見ながら、つぶやいたジリムさん。

 

 確かにね……。


 睡眠不足なのに、ご迷惑をかけてすみません、ジリムさん。

 と、心の中で謝っておく。


 ジリムさんが自分に気合を入れるように、パンッとひとつ手を打った。


「では、皆様。こちらにどうぞ」

と、私たちを引率して歩き出す。


 なんだか先生みたいだわ……。


 石畳の道の両脇には、かわいらしいお店が並んで、観光地のよう。

 

 混雑しているほどではないけれど、観光客っぽい人もいて、少しざわざわしていたけれど、私たちに視線が集中したとたん、静かになった。


 まあ、妙にきらびやかな集団で、まわりには護衛の人たち。

 注目されるわよね……。


 そして、ジリムさんのあとをついて角を曲がった先には、意外な景色がひろがっていた。


 

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