第91話 馬車の中

 馬車の窓から、お店が立ち並ぶ景色が見えるようになってきた。


「もう街の中心あたりに入ったのかしら?」


 隣にすわるイーリンさんに聞いてみた。


「ええ。この街はね、円形状になってるの。だから、道路がずーっとまわるようにはしってるのよ」


 言われてみれば、ゆったりしているけれど、カーブが多いような……。


 が、正直、窓の外の風景よりも気になるのは、ランディ王子だ。

 

 ひたすら、真正面に座るユーリを、きらきらした目で見つめているランディ王子。

 しかも、大事そうに両手で抱えているバッグは、ユーリのものだったような……。 


 気になるわね……。

 なので、聞いてみた。


「ええと、ランディ王子。その抱えているバッグは、もしやユーリのバッグを持っているのかしら?」


 すると、ランディ王子は私に向かって胸をはった。


「そう、ユーリさんのだ。俺が持たせてもらってるんだ! いいだろ?」

と、誇らし気に言った。


 デュラン王子とジリムさんが、奇妙な生き物を見る目でランディ王子を見ている。

 確かに、反抗期をぬけだしたのはいいけれど、変わり方が圧倒的に変よね……。


 当の本人であるユーリは、そんなランディ王子には見向きもせず、涼しい美貌でなぜか私を見ている。

 目が合うと、美しい笑みを浮かべた……。


 なにかしら、この奇妙な空間。

 もしや、時空がゆがんでる……?


 黙っていると落ち着かないので、とりあえずユーリに質問をしてみた。


「ユーリ。ランディ王子の魔力の訓練はいつ始めるの?」


 私の言葉に、ランディ王子が期待に目を輝かせた。


「そうだね、アデルがいいと思う時に」


 ん? なぜ、私がここにでてくるの? 


「いや、私は関係ないでしょ? 二人で訓練するんだから」


「いやだな、アデル。もう忘れちゃったの? わたしも手伝うから、って言ったのに」


 ユーリの青い瞳がまっすぐに私を見た。


 え……? 私、そんなこと、言ったかしら? 

 覚えているような、覚えていないような……。

 

 まあ、でも、私が魔力の訓練にいる必要ってないわよね。


「ランディ王子もユーリに懐いているし、二人だけで訓練したほうがいいと思う。魔力の訓練に私がいても全くお役にたてないから」


「何言ってるの、アデル。アデルがいないと、やらないよ」


 は? なんで……?

 

 ユーリの言葉に、ランディ王子が私をすごい勢いでにらんできた。


「おい、アデル! わたしも手伝うって言え!」

と、ランディ王子。


 すぐさま、ユーリがランディ王子に冷たく言い放った。


「僕の婚約者に口の利き方がなってないね。凍らすよ、ランディ」


「アデル……さん。手伝って下さい」


 ランディ王子が、ぎこちなく私に向かってそれだけ言うと、ユーリにあこがれの眼差しを向けて、つぶやいた。


「でも、ユーリさんになら、ちょっと凍らされてみたいな」


 うん、怖い……。

 当然のごとく、馬車の中が更におかしな空気になった。


 デュラン王子は聞こえなかったふりをしているし、ジリムさんの眉間のしわは一段と深くなった。

 イーリンさんは目を見開いて、何かを見ている。やっぱり、何か良くないものが見えたのかしら? 

 私は、心配になって声をかけてみた。


「イーリンさん、大丈夫? 変なものが見えてるの?」


 すると、イーリンさんは、はっとしたように私を見て、小声で答えた。


「私は大丈夫。ただ、ちょっと驚いていただけ。ランディ兄様は、ユーリさんにあこがれの気持ちが強いんだと思う。発する言葉は春みたいなピンク色の気を放ってるの。まあ、それはどうでもいいんだけど……。びっくりしたのは、ユーリさんの言葉の気よね」


「あ、もしかして、なにか、まがまがしいものでも見えた?」

 

 おそるおそる聞くと、イーリンさんは首を横にふった。


「いえ、そうではないの。怖くはないんだけど、見たこともない、すごいオーラというか……。圧倒されるというか……。いいか悪いか、判別もつかないようなものが、見えてるのよね……」


「まあ、ユーリは魔王だから。人間じゃないもの……」

と、思わず、つぶやいてしまう。


「ねえ、アデル。僕って、人間じゃないの?」


 ひえっ! 聞こえてた!? 


 びっくりして、ユーリを見ると、妖しげに微笑んできた。

 

 その瞬間、強い視線を感じる。ランディ王子だ。

 私をうらやましそうに見ている。


 もしかして、ユーリに笑いかけられているのがうらやましいとか?


 この笑顔、怖いから。

 全然、うらやましくないからね?


 それにしても、さすが、魔王ユーリ。数多の令嬢だけではなく、こじらせ王子までもとりこにしてしまうとは、おそるべしだわ……。


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