第88話 それは、ダメです

 そこへ、今度は、ジリムさんがやってきた。

 一気に高まる人口密度。そして、濃い人物たち……。


 ジリムさんはランディ王子を見て、固まった。

 確かに、驚くわよね……。


 反抗期真っただ中みたいに、こじらせまくっていたランディ王子。

 今や、ユーリのジャケットを大事そうに両手でかかえ、ユーリをあこがれの眼差しで見上げて、うれしそうに寄り添っている。

 

 あなたは、だれ? というくらいの変わりようだもの。

 

「やっぱり、俺、疲れすぎてんのか……? 寝てないからか……? まぼろしが見える……やばいな、俺……」


 眼鏡をはずして目頭を押すジリムさん。

 

 私は心の中で、語りかけた。

 ジリムさん……。摩訶不思議なことに、それ現実ですよ。


 そして、眼鏡をかけなおして、今度はイーリンさんを見て、また固まった。


「やっぱり、俺は寝なさすぎて、白昼夢を見てるんだな……」

と、つぶやいた。


 いえ、夢ではなくて、それも現実ですよ。ジリムさん……。


 私は茫然としているジリムさんのところに近寄っていった。


「ランディ王子が、ユーリの弟子になったそうです」


 そう声をかけると、ぎょっとした顔をしたジリムさん。


「あの……次期公爵様。晩餐会だったので、魔力を見せる機会もなかったと思うのですが……。一体、ランディ王子に何をみせたら、あれが、これになったのですか?」

と、ユーリに聞いた。


 「あれ」は、ランディ王子よね。そして、「これ」もランディ王子よね……。


「特別なものは、見せてないと思うけど? ストレスはたまってたけど、たいして魔力は使ってないからね。まあ、使いたい場面は、山ほどあったんだけど。人の婚約者と、なれなれしくしゃべってるのが聞こえた時とか?」


 そう言って、デュラン王子を冷ややかに見たユーリ。


 そこで、ユーリの弟子、ランディ王子が誇らしげに言った。


「あの筆頭公爵家のえらそうな娘いるだろ。ユーリさんが話し終わって席をたとうとしたら、あーだこーだ言いながら、ついてこようとしたんだ。そしたら、ユーリさん。目にもとまらぬ速さで、凍らせたんだよ! すごかった……。だって一瞬だったんだから!」


 ……はあ? 人間を凍らせた!?


「ちょっと、ほんとなの? ユーリ!?」


 あわてて聞くと、ユーリは、なんてことないように、淡々と答えた。


「ほんとだよ。だって、こっちは一刻も早く離れて、アデルのもとへ行きたいのに、うっとうしいでしょ? だから、凍らせた。それに、あの女の連れの二人の女もギャーギャーうるさいから、一緒に凍らせた」


「はあああ!? ちょっと、ユーリ、なにしてるの!? 人を凍らせたらダメじゃない! 急いで、解凍しにいかなきゃ。でも、どうやって、解凍するのかしら? やっぱり、お湯……? お湯をかければ、いいのかしら?」


「はあー、やっぱり、アデルは、ばかかわいい。ほんと、癒されるわ」

と、妖し気に微笑むユーリ。


 この際、ばかでも、かわいいでもどっちでもいいけれど、それより早く解凍しないと!


 焦る私を、ユーリが楽しそうにながめながら言った。


「アデル、大丈夫だよ。10分後にきっかり元に戻るように設定してるから。もう、とっくに元に戻ってると思うよ。ほんとは、そのままでもいいんだけどね」


 そのままで、いいわけないでしょ! しかも、10分後? 

 なにそれ……? 


 ユーリの魔力ってタイマー機能まであるの!?

 なんか、すごいわね……。


 と思ったら、ランディ王子が叫んだ。


「すごい! タイマー付き魔力か!」


 ランディ王子と同じことを考えたなんて、なんか、複雑な心境だわ……。

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