第87話 摩訶不思議
その時、扉のあたりで声がした。
「ここです。ユーリさん」
え……?
今、だれかが、「ユーリさん」って名前呼びしたわよね?
この国で、ユーリを名前で呼ぶ人っていたかしら?
と、思って見ていたら、ユーリとランディ王子が入ってきた。
今、「ユーリさん」って言ったの、まさかランディ王子なの!?
なんだか、ユーリに付き従ってるように見えるんだけど……。
「案内、ありがと。ランディ」
ユーリがさらりと声をかけると、ランディ王子が嬉しそうに微笑んだ。
垂れた耳と、ブンブン振ってるしっぽが見える気がする。
デュラン王子も目を見開いて驚いている。
一体、何が起きたの……?
が、ユーリは私たちの驚いた様子を気にとめることもなく、気だるげに金色の髪をかきあげた。
「はあー、つかれた。アデルと離れただけでも嫌なのに、あんな女としゃべらないといけないだなんて、すごい拷問なんだけど。ねえ、アデル。がんばった僕を、あとで癒してね?」
うん、色々、聞きたいことが満載ね……。
まずは、簡単なことから確認しておこう。
「その女性って、さっきの筆頭公爵家の令嬢のことよね?」
「そう。そこの王子の婚約者なんだって? 趣味が悪すぎて、びっくりしたけど、祝福するよ。結婚おめでとう。これを機に、アデルのことはきっぱり忘れてね。 それにしても、あの女、性格悪くて、口は軽すぎ。いくつか情報をひろっといたから、そこのイーリン王女に二度と近寄らないよう脅すこともできるけど? ご祝儀がわりにどう?」
と、挑戦的な笑みを浮かべ、デュラン王子に言い放ったユーリ。
よほど、いらだっているのか、ユーリの気が荒いわね……。
普段はもう少し隠すのに、腹黒大魔王全開の話しっぷりになってるわ。
イーリンさんが、やっと見せてくれた目を大きく見開いて、固まっている。
おびえてる様子はないけれど、あっけにとられてるわね。
変なものが見えてなければいいんだけれど……。
ごめんなさいね、イーリンさん。一応、あれが私の婚約者です。
今、魔王感をすごく放出してるけれど、素があんな感じなんです……。
でも、ユーリがジャケットをぬぐと、ランディ王子が素早くうけとっているのは、何故かしら?
もしや、ユーリの執事になったのかしら? 他国の王子なのに?
何から聞いていいのかわからない、摩訶不思議な現象だわ。
そこで、はっとしたようにデュラン王子が口を開いた。
「イーリンを退出させるため、あの令嬢の気をひいてもらったみたいで、すまなかった。礼を言う。……だが、あの女は婚約者ではないし、なることもありえない。つまり、アデル王女のことも忘れる必要はないということだ」
デュラン王子はユーリをまっすぐ見据えて、言いきった。
ユーリも鋭い目で睨み返す。
まさに、魔王対魔王。よくわからないけれど、なんでも争いたがる二人よね……。
が、そこで、デュラン王子がおもむろにランディ王子のほうをむいた。
「ランディ。さっきから、一体何をしてるんだ?」
そうそう、それよ! それ、私も一番、気になってた!
「俺、ユーリさんの弟子にしてもらったんだ! ユーリさんは、ものすごい魔力を持ってらっしゃるんだからな!」
と、きらきらした目をユーリに向けたランディ王子。
ええ、知ってるわ……。
でもね、ランディ王子。あまりに簡単に、ユーリにとりこまれすぎではないかしら?
ほら、デュラン王子が驚愕した目で見てるわ。
まあ、それは、そうよね……。
だって、デュラン王子と3年もあんな状態だったのに、一瞬にして、ユーリにとりこまれるなんてね……。
お兄様として安堵するより、複雑な心境よね……。
それにしても、ユーリ、仕事がえらく早いわね。一体、何をしたら、こうなるのかしら?
怖いような気もするけれど、後で聞いてみよう。
まあ、とりあえず、ランディ王子のことは、ユーリに任せて大丈夫ってことよね?
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