第86話 告白

 幸い、今度はすぐに涙はとまった。

 

 あっ、そうだわ! デュラン王子に物申すことがあったのよ!


「デュラン王子、リッカ先生の本をイーリンさんにすすめてなかったんですってね? 

物語を読まれるこんなにも身近な方がいるのにおすすめしていないだなんて、ファンとして怠慢です!」

と、鼻息あらく言ってしまった。


 デュラン王子は、一瞬、ポカンとしたあと、つぶやいた。


「イーリンって……本を読むの?」


「ええっ、うそでしょ!? そこからなの?」 


 思わず、驚いて声をあげてしまった私。

 すると、イーリンさんは少し困ったような顔で私に言った。


「ここ数年、家族ともあまり話していなかったの。下を向いていないと、何か見えたらと思うと怖かったから」


「イーリン。何か見えたらって、何のこと……?」


 デュラン王子が不思議そうに聞いた。


「え……イーリンさん。もしかして、ご家族にも言ってなかったの……?」


 更に驚いてイーリンさんを見る。

 イーリンさんがうなずいた。


「もし、家族に嫌がられたら、立ち直れないと思ったから……」


 そうだったのね……。


 確かに、言葉の真意が目に見えるだなんて伝えるのは不安だと思う。

 特に身近な人ほど。


「でも、デュラン王子なら大丈夫。そんなことで動じるような方じゃないし。知りあってから、まだ短いけれど、それはよーくわかったわ」

と、太鼓判を押す。


 デュラン王子がフッと笑った。


「僕のことをそんな風に信用してくれて嬉しいよ。アディー」


 甘い雰囲気をふりまくデュラン王子。

 

「ほら、イーリンさんの深刻な雰囲気にも動じてないでしょ? やっぱり、魔……じゃなくて、メンタルがすごいのよね。まあ、あのユーリとやり合うくらいだし」


 イーリンさんがクスクスと笑った。


「ほんとに、アデルちゃんと話してると気持ちが軽くなるわ。長い間、悩んできたことがたいしたことないんだな、って思えてくる」


 そう言うと、イーリンさんは、ふっきれたような晴れやかな笑顔を見せてくれた。

 そして、デュラン王子のほうをむいた。


「デュラン兄様……。私ね、数年前から、人が話した言葉の真意が見える魔力があらわれてしまったの。デュラン兄様みたいに、見ようと思って見る魔力ではなく、嫌でも見えてしまうの。だから、できるだけ見ないように、いつも下をむいてた。それは、いろんなものが見えて怖いから。瞳の色のこともあったけれど、それだけじゃなかったの。家族にも言えなかった。そんなこと言われたら、みんな……嫌でしょ?」


 黙って聞いていたデュラン王子。一瞬、悲しげに顔をゆがませたあと、イーリンさんにむかって頭をさげた。


「イーリン。本当にごめん。そんな魔力がでてるなんて、想像もしてなかった。瞳のことで葛藤をかかえて、悩んでるんだろうけれど、それを克服するのはイーリン自身だから見守ろうと思ってた。でも、それだけじゃなかったんだね。魔力のことを抱えて相談することもできず、つらかったよね。そんなに長く、一人きりで悩ませてごめん……。でもね、イーリン。正直驚いたけれど、嫌だなんて全然思わない。他の家族も絶対に同じだと言い切れる。まあ、ランディは魔力をうらやましがるかもしれないけどね」


 優しい目でイーリンさんを見つめるデュラン王子。


「ねえ、イーリンさん。今のデュラン王子の言葉に何か嫌なものが見えた?」


 私が聞くと、イーリンさんは首を横にふった。


「ううん、全く……。さっきのデュラン兄様の言葉からは、あたたかい色が沢山でてた。私を気遣ってくれる気持ちにあふれてたと思う」

と、微笑んだイーリンさん。


 そのほっとしたような笑顔に、見ている私もほっとする。


「じゃあ、さっき晩餐会で、イーリンの様子がおかしくなったのは、その魔力の影響だったのか? あの時、イーリンの近くにいたのは……ランディに次期公爵。……あと、確か、ジェファーソン家の令嬢たちが寄って来てたよな。何があった,イーリン?」


 探るように問いかけるデュラン王子。


「デュラン兄様には言いにくいかな……」


「なんで、僕には言いにくいの? 大丈夫だから言って。イーリン」


「え、でも……ジェファーソン家のミラに関することなんだけど、言ってもいいの……?」


「もちろんだ。続けて、イーリン」

 

 デュラン王子の目が鋭くなった。断れない圧を感じるわね……。


「あの時、ミラの言葉から感じるものが怖かったから、震えてたの。小さい時から、彼女は私につっかかってきてたんだけど、この魔力がでてからは、言葉以上に一緒に見えるものが怖くて……。いまだに慣れないの」


「……そうだったのか。それで、なんで、そのことが僕に言いにくいの?」


「だって、ミラはデュラン兄様の婚約者候補の筆頭でしょ。ミラは一人娘だから、デュラン兄様がジェファーソン家に婿入りして、筆頭公爵家をつぐだろうって噂になってるから……」


「は……?」


 デュラン王子が冷えきった一言を発した。


 言葉の真意が見えなくても、その一言にこめられた真意は、私にも手に取るようにわかるわ……。


 デュラン王子の放つ気配に気まずそうに、イーリンさんがつぶやいた。


「だって、ミラ本人もそう言ってたから……」


「安心して、イーリン。あの令嬢と結婚するくらいなら、あの筆頭公爵家は即座につぶすから。今は好き勝手してるのを、まだ泳がせてるけど、うしろぐらい証拠は相当押さえてあるしね。長年、俺の妹を苦しめてきたんなら、その分もしっかり返さてもらおうか」


 そう口にしたデュラン王子は、それはそれは美しい笑みを浮かべた。


 あ、魔王降臨。

 やっぱり、ユーリと同類ね。

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