第85話 ご遠慮いたします

 イーリンさんの琥珀色の瞳が涙にぬれて、きらきらと輝いている。

 

 あら……? なにかしら、この既視感。

 どこかで見たような、聞いたような……。


 あっ、そうだわ!


 イーリンさんって、リッカ先生のデビュー作のヒロインに似ている!

 琥珀色の瞳が魅力的な、清らかで心優しいヒロイン。

 うん、イメージにぴったり!


 そう思ったら、いてもたってもいられない。是非、イーリンさんにも読んでもらいたい! 


「あの、イーリンさん。話はまるっとかわるけれど、物語の本を読んだりする?」

と、前のめりで聞いた。


「え、物語? ……ええ、たまに読むわね。あ、そういえば、アデルちゃん、本が好きだって、さっき言ってたわよね」


「ええ! 特に大好きな作家さんはリッカ先生よ! イーリンさんは読んだことがある?」


「いえ、まだ読んだことはないわ」


「そうなの!? デュラン王子もファンで全巻そろえているらしいし、それどころか、リッカ先生ご本人ともお知りあいと言っていたのに……。まったく、ファンとして、身近な人にすすめないだなんて、デュラン王子は何をしているのかしら!」


 思わず、ぐちをこぼすと、イーリンさんがくすっと笑った。


 ちょうどその時、噂のご本人が部屋に飛び込んできた。


「ごめん、アディー。遅くなった!」


「いえ。それより、向こうは大丈夫なんですか?」


「ああ、晩餐会は終わったよ」


 デュラン王子はいつも同様、甘い微笑みをうかべながら歩いてきて、私の真向かいの椅子にすわった。


「アディー。イーリンの様子がおかしいことにすぐに気づいて、連れ出してくれてありがとう。……それと、気づけなくてごめん、イーリン。……って、えっ!?」


 デュラン王子が驚いた声をあげて固まった。

 今日、固まったのは、これで3人目ね……。


 ということで、慣れた手つきで、パンッと手を打って、正気に戻す。


 はっとしたように、デュラン王子がまばたきをした。


「イーリンの目を見たのって、いつぶりだったかな……? ええと……何があったかって、聞いてもいいのかな……? それともダメなのかな……?」


 動揺を隠せない様子でイーリンさんに聞くデュラン王子。


「全部、アデルちゃんのおかげなの。なんか、いろいろ悩んでたことが、ふっきれたというか。どうでもいいんじゃないかって思えてきたの。それにね、アデルちゃんって、モリスの瞳じゃない私の瞳をきれいだって、ほめてくれたのよ」


 そう言うと、嬉しそうに微笑んだイーリンさん。


 デュラン王子が、一瞬、泣きだしそうな顔をして、「そうか。良かった……」と、心の奥から、しぼりだすようにつぶやいた。

 

「アディー、本当にありがとう。それと、不甲斐ない兄でごめん、イーリン」

と、謝った。


 そんなデュラン王子に、イーリンさんが優しく首を横に振った。


 どうしよう……ダメだわ……。

 なんだか感動して、泣いてしまいそうになる。 


 と、思ったときには、すでに遅くて……。

 滝のように涙が流れだした。


「えっ! アデルちゃん、どうしたの!?」


 イーリンさんが驚いた顔で私を見ている。が、涙はとまらない。


 デュラン王子は既に私の大泣きを見ているので、くすっと笑って言った。


「アディーは、本当に泣き虫だね」


 泣き虫って……。いやいや、そんなかわいいレベルじゃないわよね?

 だって、私の場合、豪雨のような涙なんだから。


 イーリンさんがすぐに立ちあがって、メイドさんに何かを頼んでいる。

 と、思ったら、大きめのタオルが差し出された。


 ふかふかのタオルは水分をよく吸い取ってくれるから、ありがたいわね!

 的確なお気づかい、どうもありがとう。


「目が腫れたら、また、僕が癒すよ」

と、デュラン王子が甘く微笑んでくる。


 それなら、良かった。 ……じゃないわ! それだけははやめて! 


 また、ユーリに寿命が縮みそうな消毒をうけることになるじゃない!

 ということで、目がどれだけ腫れようが、デュラン王子の癒しはご遠慮いたします。

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