第84話 隠してるもの

 重めの前髪で隠されて、ちらりとも見えないイーリンさんの目。


 気になる……。

 ということで、思いきって、私は聞いてみた。


「イーリンさん、……その前髪は、やっぱり色々見えないようにするためなの?」


「ええ。でも、それだけじゃなくて……」


 イーリンさんの声がくもった。


「あ、無理して言わなくてもいいからね!」


 私があわてて言うと、イーリンさんが首を横にふった。


「アデルちゃんなら言っても大丈夫。ううん、聞いてほしい……。あのね、アデルちゃん。私の家族を見て、何か気づかなかった? 王であるお父様、王太子のランサム兄様、デュラン兄様、そして、ランディ兄様……」


「イーリンさんのご家族……?」


 思ってもみなかった話の展開に、一瞬きょとんとしてしまう。

 質問の意味がわからないけれど、とりあえず思ったまま答えてみる。


「そうね……。王様は気さくで陽気な方よね。王太子様は優しそう。デュラン王子は見た目は甘いけれど、あなどれないわよね。ランディ王子は、……こじらせてる感じかな?」


 フフッとイーリンさんが笑った。


「あ、ごめんなさい。失礼だったかしら?」


「ううん。アデルちゃんと話してると、すごく楽になるなあと思って……。悩んでることが、どうでもいいことなのかもって思えてきたわ」

と、微笑んだ。


 そして、おもむろに長い前髪を真ん中でわって、両側に流した。

 すっきりとした、きれいな目があらわれた。

 

「私の目、どう思う?」

と、イーリンさんが私の目をまっすぐに見て聞いてきた。


「瞳の色がすごくきれいね! 淡い茶色で透明感があって、……あ、光の加減では金色っぽくも見えるわ。私の大好きな琥珀みたいな色。素敵ね!」


 すると、イーリンさんは息をのんだあと、目をぱっちりと見開いたまま固まった。


 目の前で手をひらひらさせてみる。が、反応がない。

 完全に固まっている。


「イーリンさん! 大丈夫!?」


 私が大きな声をだしたので、部屋のドアの外で控えていた執事のルパートさんが飛んできた。


「どうされました?」


「突然、イーリンさんが動かなくなって……」


 そこで固まったままのイーリンさんの顔を見たルパートさん。


「イーリン様が目を見せている……」

と、つぶやいた。


 え、そこ? いやいや、今は固まっているほうが問題でしょ?


 しかも、ルパートさんまでがイーリンさんを見たまま、驚いたように固まった。


「ちょっと二人とも! しっかりして!」


 私はパンッと手をたたいた。

 とりあえず、気付けには大きな音よね!


 はっとしたように二人が動き出した。


「大丈夫、イーリンさん!?」


「ええ……、ごめんなさい。驚きすぎて思考がとまってしまったわ。……ルパート、大丈夫だから」


「承知しました。私も驚きすぎてしまって……。失礼いたしました。アデル王女様」


 ルパートさんは頭を下げると、部屋の外へと出て行った。

 うーん……。何が起きたのか全くわからない。

 

 首をかしげる私にむかって、イーリンさんが優しい口調で話し始めた。

 

「さっき、アデルちゃんが私の瞳の色を純粋に褒めてくれたでしょ。衝撃だった……。この瞳の色では嫌な思い出しかないから」


「え……? それって、どういうこと?」


「この国の王族の瞳はね、モリスの瞳を持つって言われてるの。モリスって知ってる?」


「ええ。デュラン王子から説明してもらったわ。晩餐会のお料理にでていたお花のことよね」


 イーリンさんは軽くうなずくと、更に話をつづけた。


「私の母のように嫁いできた人はもちろん違うのだけれど、王家に生まれた子どもたちは、不思議と、みんな、あの色の瞳になるの。なのに、私だけ全然違う色で生まれてきた……。小さい頃から、散々言われてきたわ。モリスに選ばれなかった、かわいそうな王女だって」


「……は? なんで花に選ばれなきゃいけないの!? それって変な言いがかりよね! ……あ、もしかして、さっきの晩餐会でユーリに話しかけていた、あの令嬢も言っていたの?」


 イーリンさんはうなずいた。


「ミラは私と同じ年で17歳。筆頭公爵家の令嬢だから、小さい頃から会う機会が多かったんだけれど、私のことが嫌いみたい……。だからなのか、会えば必ずつっかかってくるの。モリスじゃない瞳だなんて王族とはいえない、とかって言ってね……。しかも、ミラの言葉には悪意がとても強くこめられてる。だから、ミラが近くにいる時は絶対見ないように、いつも以上に下をむいて、きつく目をつむっているの。それなのに、ミラの言葉の放つ気がまとわりついてきて、いつも震えてしまう。さっきの晩餐会でも、また、体が震えちゃって……。いつまでたっても全然慣れなくて、情けないんだけれどね……」

と、悲し気に目をふせたイーリンさん。


「イーリンさん、ちっとも情けなくなんてないわ! というか、そんなことに慣れちゃダメ! ちゃんと体が拒否反応を起こして、イーリンさんを守ってるんだからね!」


 イーリンさんは、また驚いたように私を見た。


「ありがとう、アデルちゃん……」


 次の瞬間、イーリンさんの琥珀色の瞳から涙があふれでた。

 ほっとしたように静かに涙を流すイーリンさん。

 

 その姿を見ながら、私の心はメラメラと燃えたぎってきた。

 

 そう、私は猛烈に怒ってる! 

 こんな優しいイーリンさんを苦しめるなんて……許せん! 


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