第83話 イーリン王女

 晩餐会の広間をでた私たち。下をむいたままのイーリンさんに寄り添うようにして、一緒に廊下を歩いていく。

 

 そして、落ち着いた雰囲気の客間に通されたところで、案内してくれた男性が私に向かって頭を下げた。


「ご挨拶が遅れました。私はデュラン様の専属執事でルパート・ドノンと申します。晩餐会が終わり次第、デュラン様も来られますので、それまで、イーリン様とこちらでお過ごしください。すぐにお茶をご用意いたします」


 そう言うと、きびきびした動きで立ち去った。


 イーリンさんを見ると下をむいたまま。でも、震えはとまっているみたい。

 ひとまず、良かったわ。


「あの……アデル王女、ごめんなさい……。どうぞ、すわって」


 イーリンさんが下を向いたまま、椅子を私にすすめてくれた。


「ありがとう。もう大丈夫なの?」


「ええ……。あの……連れ出してくれて、ありがとう。晩餐会、まだ終わってなかったのに、ごめんなさい……」


 イーリンさんが下をむいたまま、苦しそうに謝った。

 具合が悪そうなのに私のことを気遣ってくれるなんて……。

 イーリンさん、なんて、いい人!


「いいの、いいの。おいしいお料理も食べ終わってたし、気にしないで。それより、私のことはアデルって呼んでね。私もイーリンさんって、呼びたいし。気をつかわないでくれると嬉しいわ」


 私の言葉に、イーリンさんは下を向いたまま、うなずいた。


 そこへ、執事のルパートさんがお茶のセットをワゴンにのせて戻ってきた。手慣れた様子でお茶を淹れてくれる。

 

 お茶を淹れる優しい音を聞きながら、私は下をむいたままのイーリンさんに話しかけた。

 

「まずは簡単に自己紹介をさせて。私はアデル。14歳よ。本を読むことと甘いものが大好きなの。さっき、イーリンさんのななめ前にすわっていた魔王……いえ、金髪の男性が私の婚約者で、ユーリっていうの。ここからはちょっと愚痴になってしまうのだけれどいいかしら?」


「ええ……」


「私がユーリに初めて会った時、天使かと思ったの。私、天使が大好きだから、舞い上がったわ。でも、残念なことに、夢はすぐに打ち砕かれた。中身が全く天使じゃないんだもの。というか、天使の対極にいるような感じなのよね……。なのに、その見た目に騙された令嬢たちが熱狂的なユーリファンになって、パーティーでは私の悪口を言うの。わざと聞こえるようによ。私がその人たちに何かしたわけでもないのにね」


 あら? イーリンさんの頭が少し上がった? 

 とりあえず、話を続ける。


「でね、そんな時は、パーティーが終わったら、どの本を読もうかな? って考えるの。そしたら、あの本も読みたいけど、この本も読みたい。ああ、一緒にマカロンもあったら幸せだわ。みたいに、どんどん想像がひろがって、そんな雑音どうでもよくなるの。どうぞ、なんでも好きに言って? みたいな感じ」


 イーリンさんの頭が、また少し持ち上がった。


「アデルちゃん」


 あ、イーリンさんが名前で呼んでくれた! うれしい! 

 ドキドキしながら続きを待つ私。


「私……、デュラン兄様ほどではないけど、魔力があるの」


「うん」


「デュラン兄様は人の体の中が見える魔力なんだけれど、私は人が発した言葉の真意が目に見える魔力なの」


「えっ……!? その魔力、なんだか、すごいわね!」


 私が感嘆の声をあげると、イーリンさんは即座に首を横にふった。


「ちっとも、すごくなんかない。何の役にも立たないし、知りたくないことばかり、知ってしまうから。デュラン兄様みたいに、見ようと思って見られるのならいいんだけれど、私の場合は勝手に見えるの。どんなに見ないようにしても止められない……。でも、さっき、晩餐会でアデルちゃんにかけてもらった言葉は、とても、きれいな虹色をしてた。私を心から気づかってくれてることが伝わってきたの。今もだよ」


 そう言うと、また少し、イーリンさんの頭が持ち上がった。


「じゃあ、下をむいてるのは見ないようにするため?」


「そう。数年前から急に見え始めて、怖くなったの……。口ではいいことを言っていても、真っ黒な魔物がおそってくるのが見えたりするから……」


「えっ、魔物? それは怖いわね!?」


「でも、アデルちゃんの言葉に嘘がないことはわかる。だから、アデルちゃんなら見ても大丈夫」


 そう言うと、イーリンさんがついに顔をあげた。


 王妃様に似た、そして、デュラン王子にも似ている、きれいな顔立ち。


 でも、目が見えない。

 というのも、前髪を目の下まで、しっかりとたらしていたからだ。


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