第82話 魔王におまかせ
目の前に並ぶお料理は、どれも本当に美味しい。
でも、すぐに冷える。お隣からの冷風によって強制的に冷やされる。
美味しいのだけれど、冷たい……。
なんでもいいから、温かいものが食べたいわ……。
テーブルに全部のお料理が出揃った頃、静かだった広間が、いきなり、ざわざわしはじめた。
見ると、あちこちで席を立って、動いている人がいる。
「あの方たち、どうしたのかしら?」
と、デュラン王子に小声で聞いてみた。
「ブルージュ国の晩餐会ではね、最後まで料理が出たら、席を立って動いてもいいんだ。だから、思い思いに、知りあいのところへ話しにいったり、この機会に、話してみたい人のところへ挨拶しにいく人もいる。
もちろん、そのまま、すわって食べててもいいよ。まあ、要するに、自由ってこと」
え、そうなの? なんだか、くだけた感じで楽しそうだわ!
と、思ったら、お隣のテーブルから、甲高い声が聞こえてきた。
「オパール国の方ですわよね?」
見ると、早速、ユーリのところに三人の令嬢がやってきていた。
ユーリを見つめるその眼差し。とっても見慣れた光景で、 外国にいることを忘れてしまいそう。
「ええ、そうですが」
完全に外向きの顔で、ユーリが答えている。
令嬢たちの目がハートになり、ボルテージが一気にあがったのが伝わってきた。
一瞬にして、心をつかまれている様子……。
でも、だまされないで。それは、うちの魔王なの。
私の願いもむなしく、三人の中の真ん中にいた令嬢が、ユーリの前にすすみでた。
金髪をくるくると巻き、ゴージャスなパープルのドレスを着て、派手な……いえ、華やかな雰囲気の令嬢。
「わたくし、ブルージュ国の筆頭公爵家であるジェファーソン家の娘ミラと申します。是非、オパール国の方にご挨拶させていただきたいと思いまして」
そう言うと、ユーリに向かって色っぽく微笑んだ。
でも、うーん……、何かが違うわね……。
お綺麗なのだけれど、なんというか、薄っぺらい。
多分、本格的な魔王の微笑み……つまり、相手を危険に陥れるほどの妖しい笑みを見慣れてしまっているから、私の基準がおかしくなっているのね。
「それはそれは、ご丁寧に。私は、オパール国のユーリ・ロンバルトと申します」
ユーリは淡々と挨拶を返すと、外面用の完璧な笑みをうかべた。
「ユーリ様って、おっしゃるのね!」
頬を染め、うっとりとユーリを見つめる令嬢。
いやいや、ユーリの目をちゃんと見て!?
表面的には、微笑んでいるけれど、全く目が笑っていないから……。
それどころか、すごーく怖い目をしているから……。
おそらく、名前を呼ばれたことが不満だったんだと思う。
あら……?
ユーリのななめ前にすわっているのは王女で、確か、イーリンさんよね。
なんだか震えてない?
しかも、顔が、さっき見た時より、更に下をむいている。
もしや、ユーリの本性を見抜いて震えているとか?
とにかく、あの様子は普通じゃないわ!
私は、デュラン王子にだけ聞こえるように、「少し失礼しますね」と、声をかけて、あわてて席をたった。
「どうしたの? アディー」
デュラン王子がたずねてきたが、それどころじゃない。
私は急いでイーリンさんのところに近寄っていき、声をかけた。
「どこかお悪いの?」
イーリンさんは、体をびくっと揺らした。
すると、斜め前のユーリの近くから、クスクスと笑い声がする。
嫌な響きだわね……。
そう思って見ると、あの筆頭公爵家の令嬢が笑いながら、私に向かって言った。
「イーリン様は、いつもそんな感じですのよ。王女様、お気になさらないで」
思わず、その言い方に、むっとした。だって、イーリンさんを、小ばかにしたような感じだもの!
いじわるな含みに、熱狂的なユーリファンから聞こえてくる私への悪口を思い出す。
もう、共感しすぎて、放っておけない!
それに、私の悪口よりも、ずっと悪意を感じるのも気になるわ。
私は、精一杯の気持ちをこめて、イーリンさんにささやきかけた。
「私はあなたの味方よ。私に、なにかお手伝いできることはある?」
「ここから連れ出して……」
と、かすれた声がもどってきた。
「わかったわ。まかせて」
私はそう答えると、私のあとを追ってきたデュラン王子に小声で言った。
「イーリンさんとご一緒に退席させていただきますね。ということで、あとはお願い」
と、デュラン王子に丸投げした。
すぐさま、事情を察したデュラン王子。
「ごめん、アディー。イーリンをよろしく」
すぐに、デュラン王子が人を呼び、小声で指示をだした。
その人が、私の方を向いて、
「アデル王女様、ご案内いたします」
と言ったので、イーリンさんを椅子から立たせて、一緒に歩き出した。
幸い、会場はざわいついてるので、ぬけだしやすい。
そして、もう一人の魔王にも、あとはまかせたわ! という思いをこめて、目で合図を送る。
すると、ユーリの顔が一瞬、素に戻った。
そして、しかたないなあ、という感じで微笑みかけてきた。なんとなく伝わったみたい。
ユーリは、すぐさま、外向きの笑顔に戻って、あの令嬢に話しかけ始めた。
私たちが退出する間、令嬢たちの注意を自分にひきつけておいてくれるよう。
ということで、思いがけず、晩餐会を急にぬけることになったけれど、いざという時、頼りになる二人がなんとかしてくれるでしょう。
後のことは、魔王たちにおまかせね。
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