第80話 凍ります
とりあえず、のどをうるおそうと目の前のグラスを手にとり、一口飲んだ。
未成年の私には、フルーツジュースがおかれていたのだけれど、キンキンに冷えている。
隣のテーブルからの急速冷蔵は、すごい威力よね……。
同じテーブルの人たちは大丈夫かしら?
うん、大丈夫ではないわね……。
ユーリの目の前にすわっているランディ王子が異常に青ざめているもの。
そして、そのお隣の女性は、うつむいているから、よくわからない。
どなたかしら? 本当にすみません。うちの魔王が……。
ユーリと目があった。
青い瞳を妖し気に光らせている。
(それ、つぶしていい?)
と、クチパクで伝えてきた。
それって、何……? 嫌な予感しかないわね。
一応、ユーリの視線を恐る恐る追うと、やはり、先程ロックオンした相手。
そう、王様……。
つぶしちゃ、ダメ! 人間をつぶすのは絶対ダメ!
必死に目で訴える私。
「隣のテーブルがどうかした、アディー?」
と、デュラン王子が問いかけてきた。
ええと、うちの魔王が王様をつぶそうとしています。……とは言えない。
「ランディ王子のお隣の女性はだれかなあ、と思って……」
「僕の妹だよ。イーリンっていうんだ」
「なら、ご挨拶しなきゃ」
私があわてて席をたとうとしたら、デュラン王子が首を横にふった。
「後で紹介するから」
「そう……?」
と、答えたものの、気になって、その女性をじっくり見た。
青ざめたランディ王子のとなりで、深く、うつむいたまま。
全く顔が見えない。
もしや、魔王からの冷気で、うつむいた瞬間凍りついてしまったとか!?
「でも、様子がおかしいわ。うちの魔王のせいで……いえ、とにかく体調が悪いのかも!」
心配する私に、デュラン王子は、ちょっと困ったように微笑んだ。
「大丈夫。イーリンは、いつもあんな感じなんだ」
「え……? でも、首が痛くなるような体勢よ?」
「ここ数年、ずっと、ああなんだ。人の少ないところだとましだから、あとで紹介するね」
と、デュラン王子。
えっ!? 数年!?
なんだか、またもや面倒ごとの匂いがするわね……。
「それより、料理がきたよ。ほら、食べて。アディー」
デュラン王子が、甘くささやいてくる。
が、ささやき声でも、うちの魔王には聞こえているよう。
冷たい視線で、今度はデュラン王子を見ている。
冷気が増してきた。寒いわね……。
とりあえず、料理が凍りつく前に、食べてしまおう!
「うわ、きれい!」
目の前に運ばれてきたお料理に思わず声が出た。
サラダみたいだけれど、色々なお野菜にまじった、かわいらしいパープルのお花に目をひかれる。
「この花はね、ブルージュ国だけに咲く花なんだ」
「食べられるの? それとも飾り?」
「食べられるよ。食べてみて」
デュラン王子に言われて、早速、ひとつ口にいれてみる。
可憐なお花とは思えないほどしっかりとした食感があり、しゃきしゃきしている。
さわやかな甘さがあるお花。
「とっても美味しい……」
思わず口からでた。
「そうでしょう。その花はね、モリスっていうの。古代語で、『魔法の花』という意味なのよ」
王妃様が、にこやかに教えてくださった。
「魔法の花? どうして、そう呼ばれているのですか?」
「母上。アディーには僕が説明しますから」
と、 王妃様を遮るように、きっぱり言ったデュラン王子。
その態度に、王妃様が驚いたように目を見開いた。
「ほお、珍しいなあ。人付き合いには、淡々としておるデュランが、そこまで気に入るとはのう! オパール国と縁続きになったら、うちの国もますます発展することだろうし。いいぞ、デュラン。もっと熱くなれ! ハッハッハ」
と、ワインを片手に、ご機嫌で言った王様。
あの、王様……。
さりげなく野心もいれながら、軽々しく煽るのはやめてください……。
熱くなるどころか、極寒になりますよ。
それに、魔王から魔王への婚約者の変更は意味がないですから、遠慮します。
ほら、デュラン王子も、しっかり否定して!
魔王は自分の使い魔がほかの魔王に横取りされそうになると、ご機嫌が悪くなるんだからね。
「気が早いな、父上は。ね、アディー」
と、ウインクするデュラン王子。
……え? 何言ってるの? 冗談はやめて、デュラン王子。
案の定、一気に冷気が強まった。
そして、そんな冷気が一歩一歩近づいてくる気配が……。
「アデル」
ひゃあっ!!
声のほうを見ると、冷気をまとったユーリが、それはそれは美しい笑みをたたえて、立っていた。
雪の女王……ではなく、さしずめ雪の魔王かしら?
次の瞬間、さらりと私の肩に何かがかけられた。
見ると、レースの肩掛け。
しかも、水色で、今着ているドレスとお揃い。
なんで、この肩掛けをユーリが持っているの?
そして、なぜ、このタイミングで掛けてきたの?
疑問だらけの私に、ユーリが肩越しにささやいた。
「寒いでしょ、ごめんね? でも、これから、もっと寒くなるかもしれないから、これ、かけといて。もし、凍ったら、あたためてあげるからね、アデル」
思わず、ゾクッとして、鳥肌がたった。
そんな私を見て、ユーリは妖し気に微笑んだ。
そして、優雅に、王様たちに礼をして、隣のテーブルに戻っていった。
「ほお、これはこれは……。アデル王女の婚約者は、目を奪われるほどの美男だな。 王妃に似たデュランもなかなかだと思っておったが、全力で行かないと、こりゃあ略奪できんぞ、ハッハッハ!」
豪快な王様の笑い声が響く。
王様……。笑っている場合ではないですよ。
その目を奪われるほどの美男は魔王ですからね……。
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