第76話 部屋で

 デュラン王子とジリムさんは、晩餐会の前に部屋まで迎えに来てくれるということで、いったん別れた。

 

 アンもやってきて、手際よく、持ってきた荷物を片づけてくれている。


 あまり時間がないものね。ちょっと、ゆっくりしてから、晩餐会のため着替えないといけない。


「ユーリも疲れたでしょ? 少し自分の部屋で休んできたら?」

と、ユーリに声をかけた。


「ここで、アデルを補充したほうが休まる。着替える前に出ていくから、それまでいさせて?」


 そう言いながらも、すでにジャケットをぬぎ、くつろぎ体制に入っているユーリ。


「私を補充って、なに? 意味がわからないわね……」


「アデルのそばで、アデルと同じ空気をすいながら、アデルを見て、アデルの存在を感じることだよ」


 妖しい何かをふりまきながら、ユーリが甘ったるく微笑んだ。


 近くにいたアンが、片づけながら、身震いしている。


 確かに、なんだか、ぞくっとしたわね……。

 ちょっと、離れていようかしら……。


「ねえ、アデル。アンも忙しそうだし、今日は、僕がお茶を淹れるね」

と、ユーリがティーセットに近づいていった。


「え? ユーリって、お茶を淹れられるの?」


「まあね。ほら、次期公爵の仕事柄、色んな領地をまわるでしょ。あまり知らない場所で滞在する時もたまにあってね。そんな時は、口にいれるものは気をつけてるから、茶葉も自分で持参して淹れるよ。毒とか、媚薬とか入れられたこともあったからね」


「ええええっ? ユーリって、もしかして、狙われてるの!?」


 思わず、大声をあげてしまった私。


 王族には毒味係がいるけれど、平和な国なので、身近で毒を入れられていたなどと聞いたことはない。

 それなのに、まさか、こんな身近で、毒とか怪しい薬とか物語の中で起きるようなことがあるなんて……!


「筆頭公爵家の嫡男で、王女の婚約者で、魔力が膨大な僕をコントロールしようとするバカがいるんだよ。まあ、その都度、二度とそんな気になれないようにしたから、最近はないけどね」

と、不敵な笑みを浮かべたユーリ。


 なぜかしら……?

 狙われた魔王よりも、魔王を狙うなんて無謀な人に少し同情してしまったわ。


 なんて命知らずな……。


「もし、アデルにそんなことをしようとする奴がいたら、僕が完璧に根絶やしにするから、安心してね」

と、艶やかに笑った。


「それは、とっても安心だわ。ホホホホホ……」


 かわいた笑いが口からでた。


 悪いことを考えている、みなさん。ユーリは敵にまわさないほうが、身のためですよ……。


「あ、そうだ。この部屋の中も、念のため、すべて、僕の部下が先に確認してるから、大丈夫だよ」


 ユーリは優雅にお茶を淹れながら、説明してくれた。


 ほんと、ユーリは有能なんだよね。そういう点では、絶対的に信頼している。

 ただ、私が関わると、なんだかおかしな言動になるだけで。

 

 あ、そんな人が、もう一人いたわね。

 そう、ロイド……。


 そういえば、ロイドって、帰りに国境まで迎えにくるんだったわよね。

 私に異常に過保護だから、今頃、それはそれは心配しているでしょうね。

 あんまり、気にしすぎないといいけど。


 なんて、考えていたら……、


「ひゃああ! なになになに!?」


 思わず、叫びながら、飛び上がってしまった。


 だって、いきなり、首の後ろに、ひやっとしたものがひっついてきたんだもの!


 見ると、ユーリが片手におしぼりを持っている。

 あっ! それを、私のうなじにひっつけたのね!?


「ちょっと、ユーリ! 急に何するのよ! びっくりするじゃない!」


 私が首を手で隠しながら、ユーリに抗議した。


「だって、アデル。今、他の男のことを考えてたでしょ?」

と、ユーリ。


 ん? 他の男……? あっ、もしかして、ロイドのこと?

 ロイドは乳母みたいな存在だけれど、確かに性別は男性よね……。 

 

 でも、なんで、私がロイドのことを考えていたのが、わかるのかしら? 


 そうか、ロイドはユーリの天敵だものね。

 私の頭の中で考えているだけでも天敵を察知するなんて、さすが魔王。おそろしいわね……。


 アンが片づけの手をとめて、生暖かい目で私たちを見ていることに気が付いた。


 いやいや、王女らしからぬ声で叫んだのは、不可抗力だから。

 だって、ユーリが驚かすから、びっくりしたんだもの!


 きりっと、ユーリをにらむと、何故か、とても嬉しそうに笑った。

 久々に見た、邪気のない天使みたいな笑顔に、思わず見とれてしまう。


 もう、ほんと、美形はずるいわよね。

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