第75話 また、何か始まりました

 ランディ王子のことは、一度、ユーリに任せてみることで話しを終えて、王太子様とそこでわかれた。


 ランディ王子に、いい進展があればいいな。


 お疲れのジリムさんのためにも……。

 魔王と取引までした私のためにも……。


「アデル王女、長旅で疲れたでしょ? すぐにでも、リッカさんの蔵書がそろってる、僕自慢の図書室を見せたかったんだけれど、もうすぐ3時だからね。晩餐会が5時から始まるから、用意もあるだろうし、それまで部屋でゆっくりしてもらおうかと思って……」


「えっ!? 図書室、見たいです!」

 

「ダメだよ、アデル。晩餐会のための準備があるよね? アンが困るよ?」

と、ユーリが冷静に言った。


 うっ、その通りだわ……。


「じゃあ、デュラン王子。晩餐会の後に見せてもらってもいい? リッカ先生の蔵書を早く見たいから!」


 「アデル王女なら、朝までいてくれても全然いいよ。ちなみに、僕の図書室は僕の部屋の中にあるからね」

と、甘い微笑みを浮かべたデュラン王子。


「私、徹夜でも読めるわ!」


 そう言った瞬間、隣のユーリから冷気が流れだした。


「おい、デュー、ふざけたことを言うな。次期公爵様を怒らせてどうする? ランディ王子のことをお願いしてる立場だろ?」


 ジリムさんは苦々しい口調でデュラン王子に注意すると、私のほうへと向き直った。


「アデル王女様、デューの図書室へは明日以降、次期公爵様もご一緒に見学していただきます。どれでも貸し出しますので、お部屋に戻って、ご自由にお読みください」


「え、貸し出し?! それは、ありがたいわ!」


 喜ぶ私と反対に、デュラン王子が不満そうな声をあげた。


「ええー! せっかく、僕の部屋におびきよせようと思っ……」


 そこまで口にしたところで、ジリムさんがデュラン王子の口をふさぎ、強制的に封じた。


 抵抗するデュラン王子に、「いらんことばかり、しゃべるな!」と、小声で威嚇しているジリムさん。


 そんな二人を前に、デュラン王子の貴重なリッカ先生の蔵書から何を借りて読もうかな? などと、にんまりしながら考えていたら、ユーリに顔をのぞきこまれた。

 

 楽しい想像に舞い上がっていた気持ちが一気に落ちるような、冷たいユーリの視線。


「ねえ、アデル。なに、他の男の部屋で朝までいようとしてんの?」


「いやいや、その言い方、変でしょ? 私は図書室で本を読みたかっただけよ?」

と、反論した私。


「ほんと、危機感ないよね、アデルは。これは、きちんとしつけないとダメだね……」


 しつけ!? なにそれ、怖いんですが……。

 魔王のスイッチが入ってしまっているユーリに、私はあわてて言った。


「でも、ほら。どの本も貸してくれるみたいだから、借りてきて読むわね! たのしみー」

 

 

 その後、滞在させていただくお部屋に案内された私。


 「うわあ、素敵なお部屋ね!」


 大きな窓からは、町の景色が一望できる。

 そして、町の向こう、遠くの山々まで見渡せる。

 はあー、きれいな景色!


 そして、お部屋には、ピンクのバラが山のように飾られていた。


「アデル王女……いや、アディーが、前に市場で、ピンクのバラが好きだって言ってたから、用意しておいたんだ。ピンクのバラ、アディーによく似合ってたから」

と、バラに負けない甘さで、微笑みかけてきたデュラン王子。


 バラのいい香りにつつまれて、一気に幸せな気分になる!


「へええ。ピンクのバラが好きだなんて、知らなかったよ。婚約者なのに、なんで教えてくれないの? みずくさいなあ、アデル」


 一瞬にして凍りつくような声が響いた。

 あ、お隣に魔王がいるのを忘れてたわ……。


「それに、人の婚約者をアディー? なに、勝手に呼んでるの?」


 デュラン王子に向かって、殺気を放ちだす魔王。

 

 ジリムさんが、あわてて、デュラン王子とユーリとの間に立った。


「申し訳ありません、次期公爵様。こいつの、女性に対する甘い言動は、アデル王女様に限ったことではなく、だれにでもそうなんです。もはや不治の病なんです。なんの意味もないんです。なので、どうぞ、お気になさいませんよう、お願いいたします」


 疲労の濃い顔で、ジリムさんが説明した。

 が、当のデュラン王子は笑みを浮かべて反論する。


「違うよ、ジリム。僕は、誰にでもこんなことしないよ? アディーだからに決まってるでしょ?」


 ジリムさんの顔色がさらに悪くなった。


「こら、デュー! なに、言ってる! おまえ、状況わかってんのか? ランディ王子のこと、お願いするんだろう? 俺がせっかくフォローしてるのに、おまえは馬鹿なのか? 馬鹿なんだな!?」


 もはや、王子に言ってるとは思えない言葉の連続で、心の声がもれまくりのジリムさん。

 でも、デュラン王子は、全く気にした様子はない。


「それとはこれとは別だよ。まさか、こんなことで、やめるなんて言うほど、次期公爵は器が小さくないだろう? 仮にもアディーの婚約者なんだから」

と、挑戦的な口調で言い放った。


 ええと、デュラン王子……。

 もしかして、魔王にけんかを売ってます……?


 ドキドキしながらユーリを見ると、ユーリは恐ろしいほどの冷たい美貌で、デュラン王子を真っ向から見据えている。


「ああ、もちろんだよ。上手くいったら、アデルから特別なごほうびをもらうことになってるからね。ランディ王子のことは、まかせといて」


 ん? 特別なごほうび……? 私、そんなことを言ってないわよね。

 一体、何のことかしら……? 


 ま、そんなことより、今は、この二人よ。

 また、何か不穏なことが始まったようだわ……。

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