第73話 事情、わかりました

 その時、背後から、「ランディ、何やってるの?」と、穏やかな声がした。

 振り返ると、王太子様。


 ランディ王子に気をとられていて、まるで気が付かなかったわ。


「べつに……」


 そう言うなり、あんなに、うるさかったランディ王子が黙った。

 大人しくなったというよりは、何もしゃべらない。


 うーん……。デュラン王子につっかかっていくのもどうかと思うけれど、王太子様に対する態度も良いとは言えないわね。

 やっぱり、なにか、こじらせてる感じがするわね……。


「じゃあ、俺はこれで」


 唐突につぶやいたランディ王子。あっという間に走り去った。

 

 足がすごい速い! なんだか、うらやましいわね……。


 なんて、うらやんでいる場合じゃないわ。

 残された私たちの微妙な空気、どうしてくれるの?


 すると、さすがは王太子様。この変な空気のなか、まず、口を開いた。


「アデル王女、そして、婚約者のロンバルト殿も、ランディが失礼をしたみたいで、すまなかったね」


 申し訳なさそうな顔で謝った。


「いえ、お気になさらないでください」


 私は、あわてて言った。

 ええと、なにか、王女らしいフォローでもしたほうがいいわよね?


「ランディ王子も難しいお年頃なんでしょう。あれぐらい、かわいらしいものですよ。ホホホ」


 デュラン王子がプハッとふきだし、ジリムさんもひっそりと笑っている。


 あれ? 何かダメだったかしら?


 隣に立っているユーリを見あげると、ユーリがささやいた。


「なに、そのセリフ? ほんと、アデルって、ばかかわいいね」


 その言葉に、私は小声で言い返した。


「ユーリ、前から言おうと思っていたのだけれど、ばかとかわいいはセットではないのよ? 知らなかった?」


「やっぱり、ばかかわいいな」


 ユーリが甘く微笑みながら繰り返した。

 

 ダメだわ……。

 ユーリは、もう、ばかとかわいいを一緒に覚えてしまってるのね。

 修正は無理のよう。


 ……って、そんな、どうでもいいことよりも、ランディ王子のことよ!

 なんであんな感じになってるの?


 そう思いつつ、王太子様を見れば、小さくため息をついたあと、話し始めた。


「アデル王女は、わが王家に伝わる『目に見える魔力』というものがあるのを知っているかな?」


 目に見える魔力……? 

 あ! あのデュラン王子の手のひらからでていた、青白いきれいな魔力のことね!


 私は、王太子様を見て、うなずいた。


「ランディは、今では、王とデュランだけが使える、その『目に見える魔力』に強い憧れがあってね。子どもの頃は、『デュラン兄様みたいになるんだ』って言いながら、少ない魔力を伸ばす努力をしていた。デュランの魔力があらわれはじめたのが、10歳の頃だったからね。……が、ランディには、現れなかった。それで、本人もあきらめたのか、魔力の訓練もやめ、投げやりな態度をするようになったんだよ。一時的なものかとも思ったが、もう、3年くらいたつかな。特に、デュランには憧れていた分、複雑な心境なんだろうね」

と、スミレ色の瞳を心配そうにくもらせた王太子様。


 そこからは、デュラン王子がひきつぐようにして話し始めた。


「魔力が目に見えること自体、重要でもなんでもない。ただ、王家に伝わる珍しさだけ。大事なのは、魔力があるなら、それをどう磨き、どう使うかだろう? それを何度も説明したんだけど、わかってもらえないんだよね。自分が魔力が強いから、ないものの気持ちなんて、わからないって言ってね」


「デューは、ランディ王子に甘すぎる。ないものを欲しがるより、自分の持ってるものを磨け! と、ガツンと言ってやればいいのに。俺がかわりに言ってやろうか? まどろっこしい……」

と、ジリムさんが、苦々しい表情でつぶやいた。


 しかも、目の下のクマが、すごい迫力をかもしだしている。


 うーん、ランディ王子、どうにかならないかしら……。

 あ! ひらめいた!


 思わず、ユーリのほうを見た私。


「なんか、アデルのその顔、ろくでもないことを考えている気がするんだけど……」

と、ユーリ。


 失礼ね! 

 

 でも、我ながら、結構、いいアイデアだと思うのよね。

 ダメでもともと、やってみる価値はあるんじゃないかしら? ……フフフフフ。


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