第69話 気をつけます

「アデル王女がそんなに気に入ったんなら、滞在中、またここへ来ようね」

と、デュラン王子。


「是非、是非、お願いします!」


 かぶせ気味に答えてしまう私。

 王女らしさは、完全に手放してしまっているけれど、ジリムさんが、くすりと笑ってくれたので良かった。お疲れだものね。


「じゃあ、そろそろ王宮へ移動しようか。みんな待ちかねているだろうから。……あ、そうだ。ちょっと面倒なのもいるけど、ごめんね?」


 ん? 面倒なの? え、あなたではなく?

 思わず、首をかしげる。

 

 すかさず、デュラン王子がフッと笑って、「ぼくじゃないよ」と、言った。


 えっ、顔にでてたかしら? 急いで、顔を整える。


「確かに、これも面倒な奴ですが、王宮には、また、ちょっと方向性の違う面倒な方がおります。ですが、アデル王女に害を及ぼすことはありませんし、関わることもないと思いますので、安心してください」

と、言いきったジリムさん。


 うーん、安心してくださいと言われても、不安がよぎるんですが……。


 私はちらりと隣を見る。あいかわらず、きれいな横顔。

 そう、私は面倒な人には慣れてるわ!


「大丈夫。耐性はあるから」


 プハッと、デュラン王子がふきだした。

 ジリムさんは共感しているのか、深くうなずいている。


「へえ、誰のこと、言ってんの? まさか、僕のこと、面倒なんて思ってるんじゃないよね? アデル」

と、魔王様。


「さあ、誰のことかしら?」


 とりあえず、とぼけてみる私。


「こんなに尽くしてるのに? じゃあ、もっと、尽くすように頑張るよ。ねえ、アデル」

と、魔王様が妖し気に微笑んだ。


 いえ、もう、十分です! 

 すみません。撤回します。怖いから!


 日本食で満たされた心が、早速、削られ始めたところで、王宮へ向けて出発。


 馬車に乗ると、アンがさっと髪型を整えてくれた。


 が、そこでユーリが私の顔をのぞきこんできた。


「あんなに目が腫れてたのに、どうして、治ってるの?」


 あっ、そうか……。ユーリ、あの時、いなかったものね。


「ランチの後、ユーリとジリムさんが打ち合わせに、騎士たちのところに行ったでしょ。あの時に、ちょっと、デュラン王子に治してもらったの……」


 説明している間にも、どんどん、ユーリの目が氷のように冷えてくる。

 ええと、なぜ、ご機嫌が悪くなってるのかしら?


 懐かしい味に、泣きすぎて、目が腫れていた私。


 デュラン王子が、「これくらいなら、癒せるから」と、私のまぶたに、あの青白い光をあててくれたのよね。

 まあ、目をつぶっていたので、光を見てはいないけれど。


 おかげで、目の腫れは引き、すっきりと開くようになった。


「へえ……」


 そう言いながら、ユーリは私の目に顔を近づけてきた。


「気に入らない。他の男の魔力の匂いがする」


 えっ? 魔力って、匂うの!?


「ねえ、アデル。まさか、あの王子に目を触らせた?」


 あ……、そう言えば、そうね。

 ドーラさんを治療する時は、さすがに場所が場所だから、手のひらを離していたけれど、私の場合は目。


「直接、手をあてて、魔力を流しこんだほうが早いから。まぶただし、触れてもいいよね?」

 

 デュラン王子は私に確認を取ると、手のひらを、閉じた私の目にあてていたわ。

 ユーリの目がやけに怖いけれど、恐る恐る、うなずく。


「あのね、アデル。簡単に触らせないで?」


「でも、目だけだし。治療だし。知らない人でもないし、大丈夫だったよ」


 反論する私に、ユーリが顔をしかめた。


「俺が気にするの。俺が嫌なの。俺が大丈夫じゃないの」


 あ、ユーリが、自分のことを「俺」って呼んでる……。

 本当にいらだってる。まずいわね……。


「その匂い、気持ち悪くて、我慢できない。だから、俺の魔力で上書きしとくから」


 そう言い放つと、ユーリは私の頭を両手でがしっと持って、固定した。


 え!? 何するの? ちょっと、アン! 助けて!


 頭が動かないので、目だけでアンを見ると、アンは窓の外を見ていた。


 あっ! 15センチをチケットと交換してしまっているから、こっちを見ないようにしているのね!


「目をつぶって、アデル」


 とりあえず、言われたとおりにしよう。

 俺呼びのユーリには、怖くて逆らえないわ……。


 すると、片方のまぶたに、やわらかい何かが触れた。

 そして、次に、もう一方のまぶたにも……。


 ん? なにかしら、このやわらかい感触。

 指じゃないわよね……?


 思わず、目をあけると、魔王の瞳が艶っぽく光っている。

 そして、自分の唇を私に見せつけるように指でふれた。


 もしや……!?


「ちょっと、ユーリ! 今、私のまぶたに……な、な、な、なにをしたのっ!?」


 両手で、まぶたをおさえながら、私は体を後ろにひいた。


「消毒だよ、アデル。もし、また触られたら、どこであっても、今みたいにして、俺の魔力で消毒するからね。気をつけて」


 はい、はい、はい、気をつけます!


「あ、それと、アデルのためなら、俺の魔力を全力で使うから。誰かに頼む前に、俺に言ってね」

と、魔王らしい笑みを浮かべた。


 いえ、それはやめて。

 ユーリが魔力を全力で使ったりなんかしたら、この世界が消えてしまいそうだもの……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る