第68話 春から冬へ

 泣きながら食べたけれど、前世ぶりの羊羹は最高だったわね。

 がっつりした甘さに、パワーがみなぎってくる。


 前世では、小豆が邪気を払うと聞いたような記憶があるけれど、本当にそうかも!

 なんだか、もろもろの疲れがとれて、とってもすっきりしたわ!


 と、ここで、レストランの経営者の方が、挨拶に来られた。

 ……が、これまたびっくり!


 艶のある黒髪をきれいにまとめ、品のある顔立ちの若い男性なのだけれど、着ている衣装が、まさに前世の浴衣!


 巻きずしに、羊羹に、浴衣。

 もう、なんらか、日本が関係していることは間違いないわ! 

 これは気になる。色々聞きたい!


 が、はやる気持ちをおさえこみ、

「大変美味しくいただきました。ごちそうさまでした」

と、王女らしく優雅に微笑んだ。


 まあ、泣きすぎたので、目がパンパンに腫れ、あまり目があかないんだけれどね……。


 そして、デュラン王子、肩が震えてるわ。

 笑いたければ、笑っていいのよ?


「そう言っていただけて、光栄です。私はこのレストランの経営者で、コメドコロと申します」


 え?! コメドコロですって?! やはり、日本よね……。


「珍しいお名前ですけど、この国では多いのかしら?」

と、一応、聞いてみた。


「いえ、この国でも、この姓は我が家系だけです。先祖からの言い伝えがありまして……」


「聞きたい! ……いえ、とても興味がありますので、是非、お聞かせください」


 思わず、素がでそうになって、あわてて言い直した。


「実は、私の先祖は迷い人だったらしいのです」


「迷い人? それはなに?」


 すると、ここで、ジリムさんが口を開いた。


「我が国では、異世界から渡って来た人を迷い人と言います。色々記録があるのですが、近年は確認されておりません。なので、今では、伝説みたいな感じになっております」


「じゃあ、コメドコロさんのご先祖様は、異世界から来られたということね!」


 コメドコロさんは穏やかに微笑みながら、うなずいた。


「ええ。そう聞いております。迷い込んだ時、記憶がなく、覚えていたのは、コメドコロという言葉と、いくつかの料理のレシピだけだったようです。そのため、コメドコロを姓にして、覚えている料理を作ってみたら評判になり、このレストランを開いた、というのが、我が家の言い伝えです」


 なるほど……。

 つまり、昔、日本から異世界へやってきた人がいたのね! 納得だわ。


「この料理は、なんていう料理なの?」


「米料理のほうが、ズーシ。そして、デザートが、ヨーコンです」


 惜しいっ! 

 本当は、「すし」と「ようかん」よ! 


 もしかして、長い年月をかけて、ちょっと変わってしまったのかしら。

 教えたくて、ムズムズするわ……。


 そして、もうひとつ、気になってることを聞いてみた。


「じゃあ、その衣装も、何かご先祖様のいわれがあるのかしら?」


 コメドコロさんは、大きくうなずいた。


「その通りです。今、私が着ている衣装は、レストランの制服にしているのですが、先祖がこの世界に迷いこんだ時、着ていたといわれる衣装を模して作っております」


 なるほど、やはりね。


「よくお似合いですね」

と、私が心からの気持ちを言うと、コメドコロさんは頬をほんのり赤くした。


 本当に浴衣が似合う、きれいな方だものね。

 

 だけど、こっちも惜しいっ!

 

 それ、左前だから。前世なら、死に装束よ。

 ……もちろん、言えないけれど。


 が、巻きずしも、羊羹も食べられて、本当に良かったわ。


 遠い昔、迷い込まれた日本人の方、おかげさまで、私の胃袋と心が満たされました!

 ありがとう! 日本食、バンザイ!


「料理は、ズーシだけしか提供していないのですが、デザートは、他にも先祖のレシピに基づいた菓子がありますので、また、是非おいでください」


「来ます! 絶対、食べたいわ!」


 思わず、即答してしまった。仕方ない。魂の叫びだもの。


 コメドコロさんは、一瞬、驚いた顔をしたあと、ふわりと花がほころぶように微笑んだ。ほっこりとしたあたたかい雰囲気が、春のような人だわ。

 

 さすが、日本人の末裔。

 コメドコロさんを見ていると、なんだか桜を思い出して、懐かしい気持ちになるわ……。


「ねえ、アデル。なに、見とれてるの?」


 ひやりとする声が聞こえた。


 恐る恐る、隣を見ると、極寒の眼差し。まさに、冬の魔王。

 春から一気に冬へ。温暖差がすごいわね……。

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