第66話 初ランチ
花の絵が壁面に描かれた、かわいらしい建物が、今日のランチをいただくレストランだそう。
案内されたお部屋に入ると、大きなテーブルがあった。
私の隣にはユーリが座り、テーブルをはさんで、向かい側の席に、デュラン王子とジリムさんが座った。
アンも一緒に食べようと誘ったら、「その方々の中では、食事がのどを通りません」と、断固拒否された。
確かに、濃いメンバーだものね……。
ということで、アンは別室で、同行してきた人たちと食事をしている。
そして、ついに、ランチが運ばれてきた!
わーい! わーい!
内心、喜びのおたけびをあげていると、デュラン王子がクスッと笑った。
あら、外へもれてたのね?
でも、もう、おなかがすきすぎて限界なんです!
そして、目の前に並んだ料理を見て、目が釘付けになった。
見覚えがありすぎるんだけど……。
記憶を呼び起こそうと、料理を凝視する私。
「この料理はね、ブルージュ国に伝わる料理なんだけど、オパール国にはないから、珍しいかと思ってね。ここのレストランが一番古くて、専門店なんだ。アデル王女も気に入ってくれるといいけど。どうぞ、食べてみて」
と、デュラン王子が説明してくれた。
お皿に並んでいるのは、ひとつひとつが、丸い形のお料理。
白いご飯の中に、様々な具が巻かれている。そして、一番外側に、黒い薄いもの。
もしや、これって……。
私は、ナイフで半分に切り、フォークで刺して、口に運んだ。
白いご飯には、酸味があり、中には、香ばしく焼いた魚が入っていた。
まわりをぐるりと巻いている、薄い黒いものは、想像どおり、海苔だった。
そう、まさに、これって、前世で食べた巻きずしよね!?
遠い遠い記憶の懐かしい味が、口いっぱいに広がる。
前世、おばあちゃんが作ってくれる巻きずしが大好きだったわ……。
「アデル、どうした!?」
隣から、ユーリの焦った声が聞こえた。
すぐに、デュラン王子も私の方に、身をのりだしてきた。
えっと、みなさん、どうかした……?
ユーリが、私の顔をのぞきこみながら、
「毒味はっ!?」
と、緊張した声をあげた。
「もちろん、済ませてあります! 料理過程もすべて監視しておりました」
ジリムさんが即答する。
ユーリは、私が半分食べた残りを、躊躇なく、自分の口に放り込んだ。
そして、何度か、かんで、飲み込んだ。
「毒はないな」
少しほっとしたようなユーリ。私の顔を両手でそっとおさえた。
「大丈夫、アデル? どこか具合が悪いの?」
と、私の目をのぞきこんできた。
ユーリの青い瞳が、不思議な揺れ方をしている。
多分、私のことを、魔力で探ってるのね。
……じゃなくて、なになになに? 一体、なにが起きてるの!?
「ちょっと、ユーリ、落ち着いて! 私は大丈夫だよ? みんなも、どうしたの!?」
私がそう言うと、ユーリが大きく息をはいた。
「食べたとたん、いきなり、アデルが泣き出すからだよ。なにがあったの?」
そう言いながら、ユーリが自分の指で私の涙をぬぐってくる。
えっ? 私、泣いてるの!?
頬を手で触ると、結構、ぬれている。自覚はないまま、どばっと泣いたのね。
うん、これはびっくりするわ。みんな、ごめんなさい。
多分、前世のこと、おばあちゃんのこと、思い出したからかな。
食の記憶って、すごいわね。
が、ここで、これを正直に説明するのは無理よね。
……うーん、どう言おうかしら。
「みなさん、ごめんなさいね。驚かしてしまって。ええと……、説明は難しいけれど、すごく懐かしい気持ちになる味だったの。とにかく、とても美味しくて、感動して、泣いてしまったみたい」
「そうだったんだ。泣くほど美味しかったのなら、僕も嬉しいよ。懐かしいって感じたのなら、やっぱり、アデル王女はこの国に縁があるんだね」
と、デュラン王子が甘やかに微笑んできた。
「アデル王女様は、驚くほど、感受性が豊かなのですね。色々、興味深い方だ……」
と、ジリムさんがつぶやいている。
ユーリは、涙にぬれた私の顔を、手のひらで、優しくひとなですると、ぽつりと言った。
「アデルに何もなくて、良かった……」
いつものユーリと違って、気弱そうに揺れるまなざしに、胸がずきっとした。
「心配かけて、ごめんなさい。ユーリ」
思わず私が言うと、ユーリは微笑んで、私の頭をなでた。
そして、自分のハンカチをとりだして、私の涙をふきはじめた。
「ちょっと、自分でふくから、やめて! 恥ずかしいわ」
私があわてて、ユーリの手をおさえようとするが、つかまえられない。
「ダーメ。ぼくに心配させた罰。じっとしてて」
そう言って、やたらと丁寧に、ゆっくりと、私の涙を……というか、顔をふくユーリ。
隣国に到着して早々、顔をふかれる王女って、どんな王女なの!
恥ずかしさで消えたいわ……。
そして、ユーリ。
言ったら怒られそうだけど、なんだか、ロイドに似てきたわね……。
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