第65話 おなかがすきました!

 ひざまくらの衝撃もうすらいできた頃、グーッと、おなかがなった。

 静かな馬車の中で、響いたわね……。


 普通なら恥ずかしいところだが、ひざまくらの後なので、もう、開き直ってる!

 ということで、指摘される前に、自己申告だわ。


「私、おなかがすきました! 何か食べたい!」


 ユーリが、ふっと笑った。


「もう、到着するから、すぐに食べられるよ。アデル、ちょっと口をあけてみて」


 ん? 私は言われた通り、口をあけてみた。


 すると、ユーリの長い指がのびてきて、私の口に何か小さいものを入れた。


 ふわりとした食感のあと、ジュワッと、果実の甘酸っぱさがひろがった。

 そして、あっという間にとけた。


「ユーリ、なにこれ? すごく美味しいんだけど!?」


「最近できたお店の人気のお菓子らしいよ」


 すごい! はじめて食べた。マルクは知ってるのかしら?

 もっと食べたいわ!


 思わず、ユーリを見た。ユーリは嬉しそうに笑って言った。


「ほら、口をあけて」


 美味しいお菓子のためなら、いいなりだ。

 口をあけて、待つ!


 ユーリの指が近づいてきて、また、お菓子が投入された。

 今度は、ストロベリー。


 うわあ、美味しい!

 でも、一瞬で消えるの。あー、もっと食べたい!


 また、口をあけると、ユーリが、

「アデルって、お菓子で簡単につれるねえ」

と、笑いながら、また、ひとつ入れてくれた。


「ユーリ様、そのへんでやめてください。アデル様も、もうすぐお食事なのに、食べられなくなりますよ」

と、アンの注意がはいった。ごもっともだわね。


「口をあけてるアデルが、ばかかわいくて、癖になるなあ。また、帰りの馬車でしようね?」

と、甘く微笑んできたユーリ。


 こら、誰がばかですって! 後ろにかわいいがついても、ごまかされないわ!


 そこで、馬車がとまった。


「着いたのかしら?」


 ユーリは、馬車の窓から外を確認した。


「宮殿ではないみたいだね」


 すると、外から、護衛騎士の声がした。


「アデル王女様、ブルージュ国の王子殿下がいらっしゃいました。扉を開けてもよろしいでしょうか?」


「嫌なんだけど」

と、ユーリ。


 その声にかぶせるように、私は大きめの声で答えた。


「どうぞ、開けて」


 扉が開かれると、デュラン王子がにこやかに立っていた。


「アデル王女、長旅お疲れ様。大丈夫だった?」


「ええ、私は馬車でぐっすり眠ったので、元気です」

と、答えながら、デュラン王子の隣にいるジリムさんが目に入った。


 なんだか、目の下のクマが更に濃くなってない?


「ジリムさんは……、大丈夫ですか?」


「ええ、ありがとうございます。大丈夫です。ちょっと、馬車の中で仕事をしていたもので……」


「ジリムの目の下のクマは、ずーっとあるから大丈夫だよ」

と、デュラン王子が笑いながら言った。


 いやいや、大丈夫じゃないみたいよ?

 ほら、隣を見て! すごい勢いで、ジリムさんがにらんでるよ?


「誰のせいで、俺のクマが消えないと思ってるんだ……」

と、ジリムさんがつぶやいた。


「ジリムさん。今日は、家に帰って、ぐっすり眠ってくださいね……」


 心から声をかけると、ジリムさんが微笑んでくれた。


「アデル王女、昼の食事をとるから降りてくれる? 王宮もここからすぐだから、そこでとも思ったけど、そうすると、王が挨拶したいとか言ってたし、食べるのが遅くなるでしょ。おなかがすくと思うから、先にここで食べてから行った方がいいかなと思ってね」

と、デュラン王子が言った。


 私は、思わず、力強くうなずいてしまった。


 もう、すでに、私はおなかがすいてるの。一刻も早く食べたい。

 適切なお気づかいをありがとうございます、デュラン王子!


 急いで降りようとすると、

「待って、アデル」

と、ユーリが先に馬車から降りた。


 そして、デュラン王子と馬車の間に立ったユーリ。


「アデル、足元、気をつけて降りてね」

と、私の方に手をのばしてきた。


 デュラン王子の顔は笑みをたたえたままだけど、ユーリを見る目が怖い……。


 二人の間に流れる不穏な空気。

 また、なにか始まったみたいね。


 が、私の気持ちはお昼のお食事に飛んでいる! だから、どうでもいいの。

 早く馬車からおりて、早く食べたい!


 ユーリの手をとり、軽やかに馬車から降り立つと、デュラン王子が、すばやく私の前に進み出た。


そして、

「ようこそ、ブルージュ国へ」

と、甘い笑顔をふりまいた。


 同時に、ふわりと、気持ちのいい風がふきぬける。

 知らない外国の匂いがして、わくわくしてきた。


 が、今は、とにかく美味しいものが食べたい! 

 まずは食を知ろうだわ。

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