第64話 いつの間に

 町をぬけ、窓の外は田園風景になった。

 馬車の揺れと、ずーっと続く同じような景色。


 ……ガクッ


 おっと、眠りかけていたわ。


「昨日、眠ってないんでしょ。寝てなよ、アデル」


 ユーリが優しく声をかけてくる。


 よくわからないけれど、アンとユーリもわかりあえたようだし、じゃあ、眠ってしまおうかなと、思ったあたりから、記憶がない。


 はっと目が覚めた。


 ここはどこ? ……あ、馬車の中だったわ。天井が見える。


 で、顔を横に向け、むかいの席を見ると、アンがすわったまま居眠りをしていた。

 アンも私の準備につきあってくれて、寝不足だっただろうしね。


 ……ん? でも、なんだか、見える様子がおかしくない?


 だって、アンって、私の横に座っていたわよね。

 なんで、向かい側の席にいるのかしら?

 

 そして、座っていたはずの私は横になっている。

 しかも、頭の下の感触が変よね?


 と、思ったら、

「目がさめた? アデル」

と、美しい顔がのぞきこんできた。


「ぎゃっ……!」


 驚いて、思わず、奇声をあげてしまった。


「ええと、……どうなってるの?」

と、のぞきこんでくる顔に恐る恐る聞いてみた。


「気持ちよさそうに眠ってたよ。僕のひざまくらで」

と、妖しさ満点で微笑んできたユーリ。


 ……ええと、情報を整理してよいですか?


 今、私、ねころがってますね。

 そして、上から、のぞきこんでくるのは、もちろん魔王ユーリ。

 

 頭の下の感触は、クッションにしては固い。

 つまり、ほんとに、私ってば、ユーリのひざまくらで眠ってたの!?


 状況がわかったとたん、がばっと飛び起きた。


「おはよ、アデル」


 耳のそばで、甘ったるい顔でユーリがささやく。

 一気に、顔に熱が集中した。

 

 恥ずかしさで、死ねる……。

 アンもすでに起きていて、目があった。


「ちょっと、アン! 私とユーリの間の15センチはどうなったの!? ルイ兄様の命令なんでしょう?」

と、パニック状態の私は、恥ずかしさでアンに理不尽な八つ当たりをしてしまった。


「すみません。それは無効となりました……」


 そう言って、アンがユーリを意味ありげに見た。


 え? 無効? ちょっと、意味がわからないんだけど?

 私もユーリを見る。


すると、ユーリは、フッと笑って言った。


「アデルが眠ってる間にね、その15センチを交換したんだ」


 ますます、意味がわからないわね。

 が、わからないまま、聞いてみる。


「なにと交換したの?」


「なんだろうね? なんだと思う?」


 ユーリがクスッと笑った。

 アンを見ると、目が泳ぎまくっている。


「アン……、何と交換したの?」


 私は強い口調で再び聞いてみた。

 アンがあきらめたように、ぽつりと言った。


「ムーラン様のチケットです。すみません……。でも、取れないチケットなんです!!」


 アンが声をふりしぼって、訴えてきた。


 ムーランさんとは、非常に人気のある男性の歌い手だ。

 そして、アンは、筋金入りの熱狂的なファン。


 ああ、私の15センチはムーランさんに負けたのね……。


「でも、それなら仕方がないわ。アンのムーランさんは、私のリッカ先生みたいな存在だもの。私でも同じことをすると思うわ。許す!」


「アデル様! ありがとうございます!」


「ほんと、アデルはおもしろいよね。ちなみに、僕が同じことをされたら、絶対に許さないけどね」


 自分がやっといて、よく言うわ!


 私は、ユーリをキッとにらんだ。

 そう、許すまじは、ユーリのほうよね。


 アンの唯一の弱みにつけこみ、しかも、入手困難なチケット交換など、さすが魔王。ほんと、油断ならないわ!


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