第63話 馬車の中

 やっと、馬車に乗って出発!


 私とアンが横に並んで座り、私の向かいにユーリが座った。

 3人乗っても、ゆったりすぎるほど、広々とした馬車なので、スペース的にはらくらく。が、心情的には、きつきつね……。


 ちなみに、さっき、ルイ兄様がユーリにつきつけた三つ目の選択肢で、ロイドをあげたけれど、今、ロイドは遠方に出張させられていて、この場にはいないみたい。


 というのも、騎士団長のラルフさんが決めた、ブルージュ国行きの私の護衛騎士に、自分と交代するように圧をかけるためだ。

 

 圧をかけるだなんて、ロイドもなんだかユーリみたいになってきたわね……。


 なので、ロイドじゃないとダメな用事を無理矢理作って、出張に行かせたとのこと。

 当然、ロイドはごねていたけれど、帰りは、国境沿いまで、ロイドが私を迎えに来るということでなんとか出張に向かったよう。


「他国の人に見られなければ、大丈夫なので……」

と、ラルフさんが疲れ切った顔で報告してくれた。


 なるほど。ロイドって、国外へ持ち出し禁止なのね……。


 と、出発間際のあれこれを思い出しながら、意識を馬車の外へとばしていると、隣からただならぬ気配が……。


 見ると、アンが、なにやら覚悟を決めた顔をしている。


「どうしたの? アン?」

と、私が聞く。


「王太子様の命を無事やり遂げるため、先手必勝、先制攻撃、まずは釘をさす……」

と、ぶつぶつ言ったかと思うと、ユーリを見据えた。


そして、

「アデル様に危険が及ばない限り、私は空気として、控えております。道中、お気づかいなく」

と、ユーリにむかって言い放った。


 でも、ちょっと、声がふるえているわ、アン……。


「僕がそばにいるのに、アデルに危険なんてあるわけないよ。安心して? なんなら、アンは到着するまで、ずっと眠っててもいいからね? 準備で大変だったんでしょ」

と、ユーリが不敵な笑みを浮かべた。


 アンの顔に緊張が走る。


 なんだろう。一見、お互いを気づかったような会話なのに、この緊張感……。

 私の頭の中では、笑いながら追い詰める魔王と、ふるえながらも、立ち向かう小動物の図が浮かんでくる。


 よくわからないけれど、大丈夫よ、アン! あなたは、私が守るから!


 私は、ユーリとアンの間に身をのりだすと、ユーリにぴしりと言った。


「アンは、私の姉みたいなものなの。いじめたら、許さないからね!」


 これで、どうだ! 

 子どもっぽいセリフになってしまったけれど、言わないよりはまし!


 すると、ユーリは、身をのりだした私にむかって、身をのりだしてきた。


 こらっ、近い、近い、近い! そんなに近づいてこないで!


 私は、両手で、ユーリを押し戻そうとする。

 が、びくともしない。それどころか、両手首をつかまれた。


 しまった! 捕獲されたわ!


 焦る私を見て、ユーリは艶やかに笑った。


「ひどいなあ。僕、いじめたりしないよ?」


 こら、どの口が言うの!?


「僕がいじめるのは、アデルだけだから。良かったね」


 は? ちっとも良くないんですが? 


 隣のアンからは、更に緊張した空気がながれてくる。


 なんとか逃げようとする私を、おもしろそうに見ながら、両手首を持ったまま、じわじわっと間をつめてくる魔王ユーリ。


 アンがふるえるながら叫んだ


「そこまでです、ユーリ様っ! 王太子様から、お二人の間は15センチ以上あけるようにと言われております!」


 ……ルイ兄様の変な命令を、ふるえながら叫ぶアン。


 魔王にむかってすごいわ、アン! ナイスファイトだわ!

 今度は、私が頑張る番ね。見ててね、アン!

 

 魔王には、弱みを見せたらダメ。絶対。

 

「ユーリ、手をはなしなさい! でないと、私が逆にユーリを捕獲するわよ!」


 目力を最大にして、宣言した。


「へえ、おもしろそ。やってみてよ」


 魔王が、つかんでいた私の両手首をパッとはなした。


 みてなさい!

 私は、さっとユーリの両手首をつかむ。

 ほら、どうだ。私も捕獲できるのよ!


 と、自慢げにユーリを見ると、ん? 

 今や、目の前に、ユーリの美しい顔のドアップが! 

 

 えっ? ますます近づいてるじゃない!?


「僕がアデルに捕まってるんだから、近づきすぎても仕方がないよね?」


 ククッと楽しそうに笑うユーリ。


 アンが、かわいそうな子を見る目で私を見ながら、小声で注意してきた。


「アデル様、その両手をはなしてください」


 あわてて手をはなした私。


「ほんと無防備だよね、アデルは……。今から行く所も虫がわいてくるだろうから、気をつけてよ、アデル」


「ユーリは、やたらと虫を気にするけど、大丈夫だよ。一応、虫よけも持ってきてるし。ね、アン」

と、アンに確認すると、なんともいえない表情で、私を見た。


「ばかかわいいけれど、僕の苦労がわかるでしょ? アン」


 ユーリの言葉にアンが無言でうなずいた。


 あれ? いつのまに、二人はわかりあってるの!?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る