第62話 どれを選ぶ?

「こら、やめろ」


 そこへ、デュラン王子を小声で威嚇する救世主の声が……。

 ジリムさんだ。


「アデル王女様、おはようございます。朝から申し訳ありません」


「おはようございます。……あの、ジリムさん、大丈夫ですか……?」

と、思わず聞いてしまった私。


 というのも、打ち合わせで会った時よりも、あきらかに目の下のクマが濃くなっている。

 疲労が全身からにじみでてるのだけれど……。


 ジリムさんは、デュラン王子をひとにらみしてから、言った。


「本当は、ブルージュ国へ先に帰り、アデル王女様をお出迎えする準備をしたかったのですが、これを置いていくと、また、ご迷惑をかけそうで……。なので、こちらから、ブルージュ国へ指示をだしていたので、色々手間取りまして、睡眠が……」


 もう、デュラン王子の呼び方が「これ」になっているわね……。


「なんか、色々すみません。ご迷惑をおかけします……」


「あっ、いえいえ、とんでもないです。こちらこそ、アデル王女様には、これがご無理を言いまして申し訳ありません。……ですが、アデル王女様にわが国を訪問していただけるのは大変光栄です。楽しんでいただけることを願っております」


 そう言うと、疲労感いっぱいの笑顔を見せてくれたジリムさん。


 そして、やっと馬車にのることに。

 王室所有の馬車のなかでも、遠距離用の馬車が用意されていた。これだけ広いと、ゆったり、横になって眠れそう!


 が、ユーリとともにデュラン王子まで、私の後ろにぴったりとついてきている。


 もしや、この三人で乗るの? それだけは、やめて……。


「こら、デュー。どこへ行くんだ?」

と、ジリムさん。


「アデル王女の馬車に乗ろうと思って」

と、爽やかに答えるデュラン王子。


「はああ!?」


 ジリムさんの整った顔が、凶悪な顔に変わった。


「だれかのわがままで、ずーっと寝不足な俺に、なに馬鹿なこと言ってんだ?」


 怒りのあまり、デュラン王子を王子として扱う口調は、完全に捨て去ったようだ。


「でも、道中で、色々説明もしたいし。一緒の馬車に乗りたいなって」

と、にこやかに答えるデュラン王子。


 すごいわ……。凶暴化したお顔のジリムさんを前に、よくそんなセリフを笑って言えるわよね。他人事ながら、震えるわ……。


 ジリムさんから、ブチッと音がした気がした。


「つべこべ言わずに、自国の馬車に乗れ!」

と、一喝。


「失礼しました。では、のちほど」

と、私たちに向かって一礼すると、デュラン王子の服をつかんで、引っ張り始めたジリムさん。


 引っ張られながらも、デュラン王子は笑顔のまま、

「じゃあ、また、あとでねー」

と、私に向かって、手をひらひらさせている。


 うん、全く凝りていない。反省していない。

 さすが、魔王。メンタルがすごいわ……。

 そして、魔王を従えるジリムさん。一体、何者かしら?


「邪魔な虫も消えたし、二人きりで楽しく行こうね」

と、とろけるような笑みをみせたユーリ。


「あ、ダメダメー。アンにも一緒に乗ってもらうからねー」

と、のんびりした声が背後から聞こえてきた。


 ルイ兄様だ。


「何、言ってんの?」

と、一気に冷気を放出するユーリ。


「婚約者だけど、まだ婚約してるだけだしね。二人だけで馬車には乗せないよー」

と、のんきに微笑むルイ兄様。


「どういうこと? 王太子は、ぼくが信用ならないって言いたいわけ?」


 ルイ兄様に、冷え冷えとした目をむけるユーリ。

 でも、ルイ兄様は、そんなユーリに怯むことなく、にこにこしたまま言った。


「うん、そうだねー。アデルに関して、最近のユーリは、まったく信用ならないかなあ」


 ちょっと、ルイ兄様! のんびりした口調で、なんて恐ろしいことを言うの!?


「だから、ユーリが選んで。ひとつめは、アデルとユーリとアンが乗る。ふたつめは、アデルとアンが乗る。みっつめは、アデルとユーリとロイドが乗る。さあ、どれがいい?」

と、ルイ兄様が楽しそうに聞く。


 はあ……? ちょっと、最後の何? なぜ、ここでロイド?

 その組み合わせ、私も一番嫌だけど……。


 ユーリから、何か黒いものが漏れ出している。

 なのに、ルイ兄様は、にこにこしたまま、更に付け加えた。


「ほら、どれにする? 三つもあるんだよ、選択肢。僕、優しい!」


 なぜ、あおるの?

 怖いもの知らずにもほどがあるわよ、ルイ兄様……。


 ユーリから殺気がでだしたわ。

 ルイ兄様、御身大切にね……。


 ユーリは憎々し気に言った。


「じゃあ、ひとつめで」


 ルイ兄様はそれを聞くと、そばにいたアンに向かって、のほほんと声をかけた。


「じゃあ、アン。そういうことなんで、アデルをよろしくねー」


 何よりかわいそうなのは、アンね。

 顔がひきつっているものね。

 ルイ兄様のせいで、ほんと、ごめんね。


 大丈夫、アンのことは守るから。

 閉ざされた空間で、怒れる魔王と一緒でも、私が守るから。

 安心して、アン!


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