第54話 まきこまないで

※ マルク視点が続きます。


 ひろびろとした馬車であっても、馬車は馬車。

 狭い空間で、できるだけ、見ないよう、聞こえないようにしても、見えるし、聞こえる……。


 デュラン王子は、やっぱり、かなりアデルを気に入っているよう。

「アディー」とか呼びはじめ、面倒なことになってきた。


 ユーリ兄様に唱えさせられた「デュラン王子をアデルに近寄らせません。しゃべらせません。見せません」が、当然のごとく、全てやぶられているし……。


 とにかく、アデルからデュラン王子を引き離すことができない以上、二人の会話を知らなかったことにするしかない。


 この馬車に、僕は乗ってない、乗ってない、乗ってない……と暗示をかける。

 ユーリ兄様の指示を守れなかったのではなく、僕は何も気づかなかったことにしよう。


 なのに、アデル! 僕をまきこまないで!


 短い距離なのに、げっそりとした気分で馬車をおりた。


 と、そこへ、王太子の専属護衛騎士のロイドさんがやってきた。

 見目はよく、頭脳明晰、腕もすごい。なのに、なんだろう、この残念な感じ……。


 ユーリ兄様と方向性は全然違うけれど、アデルに執着していることは間違いない。

 アデル至上主義で、過保護が度を超しているし……。


 そんなロイドさんの思考は誰が見ても明らか。

 アデルに害をなすものは敵。


 ちなみに、僕は無害に分類されているらしく、ごく普通の対応だ。


 ユーリ兄様のファンの令嬢たちの中には、アデルを妬んで、アデルの悪口を言う人たちがいる。

 そんな令嬢たちは、どれだけ高位貴族の御令嬢であっても、ロイドさんにとったら敵。令嬢たちを監視するようなロイドさんの視線が怖いんだよね……。 

 

 そして、当然のごとく、そんな令嬢たちを生み出す原因を作ったユーリ兄様は、有害中の有害。天敵だ。


 騎士の中でもとびぬけた実力で、このままいけば、将来は騎士団長になれるんだろうけれど、ロイドさんが目指すのはアデルの専属護衛騎士、一択。


 で、それを邪魔しているのがユーリ兄様だ。


 今のところ、ユーリ兄様の裏工作が優位にたち、ロイドさんは、ずーっと王太子様の専属護衛騎士のままだ。


 あ! まだ来てすぐなのに、ロイドさんのアデルへの過保護が発動してしまった。


 早速、アデルを自分の保護下におき、歩き出す。

 どう見ても歩きにくいよね、あれ。


 護衛するべき他国の王子は他の騎士に任せ、自分はアデルに全集中のロイドさん。

 誰にどう思われようが、いつでも、どこでも、アデル第一で、いっそ清々しいくらい。

 

 そういえば、子どもの頃、王宮の庭で、僕とアデルが本を読んでいたら、急に小雨が降って来て、二人ともちょっとだけぬれたことがあった。

 

 その時、ロイドさんが、アデルにだけ、さっとハンカチを差し出したんだけど、そのハンカチが、ロイドさんが使わないような、かわいらしい動物の刺繍がしてあった。

 

 だから、アデルがこう聞いたんだよね。


「かわいい、ハンカチ! あ、だれかのプレゼント?」


 すると、ロイドさんはにっこり微笑んで即答したんだ。


「いえ、私がアデル様にと用意したハンカチです。アデル様が使う時のことを想定して、いつも、自分用と2枚用意しています」


 その答えを聞いて、子ども心に、ぞわっとした記憶がある。

 アデルへの執着の強さは、ユーリ兄様と同じくらいかも。


 ロイドさんの態度に、さすがのデュラン王子も驚愕している。


 僕は、ふと思った。

 アデルが結婚する時、ロイドさんはついていくのかな? 嫁ぎ先に。

 アデルは色々画策しているけれど、あのユーリ兄様から逃げきることは無理だと、僕は思っている。

 ということは、僕の家に、ロイドさんもくるの?

 想像しただけで、恐ろしいよね。


 そういえば、こんなこともあったっけ。


 以前、高位貴族の御令嬢で、ロイドさんを気に入った人がいたんだけど、アデルへの執着を知らなかった。

 だから、あらゆるコネを使って、ロイドさんに近づいた。


 まあ、ロイドさんは、視界にすらいれてなかったけれど。


 そして、あれは王室主催のパーティーの時。

 その令嬢が猛烈にロイドさんにアピールしていた時に事件は起きた……。


 アデルが自分の着ているドレスのすそをふんで派手に転んでしまった。


 それを見たロイドさん。

 ちょうど、令嬢がロイドさんに飲み物のグラスを渡した時だったけれど、そのグラスを床に投げ捨てて、走り出したんだよね。


 しかも、割れるグラスの音で、みんなが注目してしまって……。


 令嬢は泣き出すし、ロイドさんはアデルのもとへかけより、乳母のように、かいがいしく世話をするし。

 アデルは恥ずかしくて、真っ赤になるし。

 ユーリ兄様は冷気を放ちながら、ロイドさんを追っ払おうとするし……。


 まるで、地獄みたいだった。

 なぜか、王太子様は楽しそうに笑っていたけれど……。


 あれ? でも、これっていい感じじゃない?

 さっきから、デュラン王子がロイドさんしか見ていない。

 目が離せなくなっている。

 

 つまり、デュラン王子がロイドさんに釘付けになっている状態なら、ユーリ兄様の指示が守られるってことだ!


 ロイドさん、このまま、アデルへの過保護全開でいてください!

 そして、デュラン王子の興味をひきつけておいてください! 

 

 僕は心の中で、ロイドさんに願った。

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