第53話 長い一日

※今回は、マルク視点となります。


 僕が通っている学園は、今は夏期休暇中だ。

 だから、朝もゆっくり起きられて嬉しい。


 なのに、今朝の目覚めは最悪だった。

 まだ暗いうちに、ユーリ兄様におこされたからだ。


 しかも、朝一にかけられた言葉が、「マルク、今日、暇だよね」

だ。


 もう嫌な予感しかない。


 今日の僕の予定は、家庭教師の先生が午前中にくる。

 そして、午後は図書館に行く。

 というか、真の目的は、その近くにオープンした焼き菓子専門店で焼き菓子を買うことだ。

 

 つまり、断じて暇じゃない。


「予定があるから」


 寝起きのぼんやりした頭だったため、普段とは違って、僕はユーリ兄様に強気な口調で答えた。


「どんな?」


 ひんやりとした声が返ってくる。


「家庭教師の先生がくるし、図書館で勉強もしたいから」


 学生の本分は勉学。これなら、ユーリ兄様も納得してくれるだろう。

 もちろん、焼き菓子のお店のことは言わないでおく。


「ああ、それね。家庭教師はキャンセルしておいた。なんなら、ぼくが後で見てあげる。フランの焼き菓子も買ってあげるよ。つまり、マルクは今日は暇ってことだね」


「ひっ……!」


 思わず、変な声がでた。


 本当に、なんなの、この人!?

 フランって、今日、ぼくが行こうとしてた店なんだけど……。


 もう、一気に目がさめた。


 それに、ユーリ兄様に勉強を教えてもらうのだけは絶対に嫌だ。

 というのも、以前、勉強をみてもらった時、わからないところを質問をしたことがある。


 そうしたら、ユーリ兄様はこう言ったんだよね。


「見たら、ぱっとわかるでしょ、答えが。マルクは、わかんないの?」

って。


 ぱっと、って何? そんな説明じゃわかりませんが……。

 ほんと、天才は嫌だ。

 

 それ以来、僕はユーリ兄様に勉強を見てもらったことはないんだけどね。


 結局、ユーリ兄様に抗えず、暇と断定された僕。


「今日、マルクはアデルのそばにいてね」

と、指示がだされた。


「へ?」


「ブルージュ国の王子が町を見てまわるらしいんだけど、アデルを同行させるよう王太子に頼んだんだよね。全く、余計なことを……。頼む王子も王子だけど、ちゃんと断れよな、あの、くそ王太子。しかも、うざったい仕事を俺に押しつけて、行けないようにしやがって」


 ユーリ兄様、珍しく、口の悪さが全開になっている……。

 しかも、普段は「僕」なのに、今は「俺」って言ってるし。

 

 ちなみに、ユーリ兄様が自分のことを「俺」って言う時は、相当怒ったり、苛立ってる時なんだよね……。怖い……。

 

 嫌だな、嫌だな、僕。

 行きたくないな……。

 まきこまれたくないな……。

 

 ユーリ兄様の指示を断るなんてできないと思うけれど、一応、抗ってみる。


「あの……でも、なんで、僕が行かないといけないの……?」


 すると、ユーリ兄様が一気に冷たい気を放ちはじめた。


「なんでって、そんなの決まってるだろ? マルクが体を張って、あの王子がアデルのそばに寄らないようにしとくためだよ。もちろん、二人が話さないように引き離しといて。ああ、それに、姿が見れないようにしたらもっといいよね。できるでしょ、マルク」


 はあ!? そんなの、できるわけないよ!


 でも、珍しいな……。ユーリ兄様がいつもと少し違う。

 今までなら、アデルに近寄ろうとする人たちがいても、平然と笑って遠ざけるのに。ちょっと、余裕がない感じ?


「あ、そっか……。デュラン王子って、ユーリ兄様に似てるもんね……」


 思わず、ぼそっとつぶやいて、はっとして、口を手でおさえた。 

 

 しまった。

 アデルみたいに、心の声がでてしまった。

 聞こえてないよね?


「ねえ、マルク。誰が誰に似てるって……?」

と、地をはうような声。


 思わず、体が震えだす。


 その後、「デュラン王子をアデルに近寄らせません。しゃべらせません。見せません」と唱えさせられ、家を出る頃には、すでにげっそり。


 で、到着すると、アデルとぼくとデュラン王子、その三人で馬車に乗る。

 そう、ユーリ兄様に指示されたことは、とっくに破られている。

 

 っていうか、そもそも無理なんだけど、ユーリ兄様には通じないからね……。


 とりあえず、何も見ない、聞かない、僕は知らなかったで、今日をやりすごそう。

 がんばれ、僕!

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