第50話 ユーリ、どうしたの?

 デュラン王子はダニエルに言った。


「少年、甘い話には罠がある。安易にのるな。後悔するぞ」


 確かに……。

 特に、魔王ユーリの甘い話には気をつけたほうがいいと思う。


 ほら、かわいい動物たちのお菓子を見て。「隙を見せるな」って、語っているような目をしているもの。

 

 そして、デュラン王子とユーリの間が、凍りつきそうなほど冷えてきた。


 動けなくなっているダニエルを、兄貴分であるロイドが捕獲し、昼食のテーブルにつれていく。


 よかったわ。ロイドがダニエルを逃がしてくれて。

 二人の間に立っていると、氷漬けにされそうだものね。


 では、私も逃亡しよう。ここ、寒いから。

 後はお二人で、ごゆっくり……。


 そーっと向きをかえ、一歩踏み出したとたん、ぐいっと力強く引っ張られた。

 勢いがつきすぎて、すっぽりと、なにかに体が埋まった。


 背中があたたかいわ……、じゃなくて、私、今、どうなってるの!?

 そう思った時、耳元から、ユーリの甘い声が聞こえてきた。


「ねえ、アデル。僕と一緒に帰ろうよ」


 ええ!? なにごと!?


 ふと自分を見下ろすと、ユーリの腕が!?

 つまり、私は今、ユーリに後ろからだきしめられてる感じに見えてるの!?


 ちびっ子たちが、こっちを見て、きゃあきゃあ騒ぎ出す。


 一気に顔が熱くなった。

 なぜか、マルクも顔が赤くなっている。


 ちょっと、マルク。あなたが赤くなっている場合じゃないわ。

 早く、助けてよ!

 

 が、マルクは赤い顔で固まったまま。


 あ、ダメだ。わが親友は頼りにならないわ。

 ということで、頼れるのは自分のみ!


 私は全力で暴れつつ、叫んだ。


「離してよ、ユーリ! 恥ずかしいじゃない!」


 が、ユーリの腕はびくともしない。


 デュラン王子が、冷ややかな目でユーリをにらんだ。


「必死だね。そんなんじゃ、アディーの心はつかめないよ?」


「必死で何が悪い? そっちこそ、中途半端に、なに、アデルに近づいてんの? 必死になれないなら関わるなってこと」


 そう言うと、ユーリの腕が更に私の体をしめつけてきた。


 文句を言おうと顔を上げたら、……え?

 びっくりして、思わず文句を飲み込んだ。

 

 だって、ユーリが焦った顔をしていたから。

 ユーリのこんな顔、見たことがない。

 いったい、どうしたのかしら? 普段は完璧な外面用の顔をしているのに。

 

 と、そこへ、ロイドが飛んできた。


「アデル様をすぐに離してください。というか、……離せ!」

と、叫ぶロイド。


 うん、うるさい。そして、ややこしい。

 

 のんきな笑い声が聞こえてきた。師匠だ。


「お姫さんも大変だなあ……。癖の強い奴らに好かれて。まあ、どいつを選んでも面倒そうだが。でも、いいなあ。俺も一度くらい、もてて困ってみたかった。あ……いや、そんなこと、俺は考えてないぞ。一人だけ、そう、一人だけにもてたらいいんだ!」

と、誰かにむかって、力強く宣言をしている。


 しかし、師匠も変なことを言うわね。

 私、もててるわけではないわよ?


 たぶん、魔王ユーリにとったら私は使い魔みたいな存在。別の魔王に奪われそうになって焦っただけだと思う。

 自分で考えて、むなしいけれど……。


 ん? なにかしら、使い魔仲間のマルク? 

 なにか言いたそうな目をしてるわね。


 ま、とにかく、ユーリに腕をほどいてもらわないと。


「ユーリ、離して」


「やだ」


 え、子ども?


「離せ!」

と、またもや叫ぶロイド。

 

 ロイド、黙って! 

 ややこしくなるから、ユーリを刺激しないで。


 なんだか、誘拐犯につかまっている人質の気分だわ……。


「ユーリ。一緒に帰るから、早く離して。ほら、私とお茶をするのでしょう?」

と、できるだけ、穏やかに言ってみた。


 すると、ユーリは腕の中の私をみおろして、それはそれは嬉しそうに微笑んだ。

 

 その笑顔に、思わず、どきっとした私。

 さすが、魔王。笑顔ひとつで、恐ろしいわね!


 こうして、一気に上機嫌になったユーリに、あっという間に私は連れ去られた。


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