第49話 おうじさま
そこへ、手を洗いに行っていた子どもたちが戻ってきた。
「おなかすいたー」
「おひる、なあに?」
と、明るい声がひびき、空気が一気にあたたかくなる。
が、こっちを見たとたん、しんとした。
ぴたりと動きがとまっている。
どうしたの、みんな? 大丈夫かしら?
次の瞬間、「うわあああ!」と、大声をあげながら、こっちへ向かってかけよってきた。
え? なに、なに、なに? なにが起こったの!?
ちびこったちは、ユーリのもとへと集合した。
「おうじさまがいる」
「おにいちゃんのおはなしにでてきた、おうじさまだ」
「わあー、かっこいい!」
きゃきゃきゃっと、はしゃいだ声。
あー、そういうことね……。
でも、みんな、それは違うわ。
残念ながら、その人は王子じゃなくて魔王なの。
ダメよ、みんな。見かけにだまされちゃ。
ふと、デュラン王子と目があった。あ……。
ほら、みんな、本物の王子様だよ。
すぐ、そこにいるわよ! 行ってあげて!
私の祈りもむなしく、子どもたちはユーリに釘付けだ。
デュラン王子が、私の顔を見て、心の内を察したように寂し気に微笑んだ。
甘さの中に、哀愁がただよっているわね……。
デュラン王子の魅力は、大人専用なんだわ。
しかし、令嬢たちだけでなく子どもたちも魅了するとは、恐ろしいわね、魔王ユーリ!
ユーリは、きらきらした外面用の笑顔で、子どもたちに微笑んだ。
「こんにちは。今日は、お土産を持ってきたよ」
子どもたちから歓声があがった。
その時、ユーリの後ろから、人が現れて、リボンをかけた大きな箱をユーリに手渡した。
ユーリの部下の方かしらね?
まるで気配がなかったけれど……。
ユーリは、その箱を持ったまま、しゃがんだ。
「リボンをひっぱってみて」
と、一番小さな女の子に優しく声をかけた。
ええと、あなたは誰ですか?
さっきまでの声と違いすぎて、ほんと怖いわね……。
女の子が大きなリボンの端っこをひっぱると、するっとほどけた。
そして、他の子どもたちも一緒になって、ふたを持ち上げたとたん、わーっと声があがった。
私も思わず、のぞきこむ。
うっ……! なんて、かわいいの!
箱の中には動物をかたちどった、クッキーやケーキがぎっしりと並んでいる。
「かわいい!」
「わたし、くまさんがほしい!」
「わたしは、きりんさん!」
いつの間にか、私の横にいたマルクがひっそりとつぶやいた。
「これ、どうやって手に入れたんだろ?」
甘いもののお店の情報にはやたらと詳しいマルク。
「ん? どういうこと?」
「ここのお店、動物たちのお菓子がかわいくて人気なんだ。だけど、今、改装しているから、お店は休業中なんだよね」
「えっ?」
「なんで買えたんだろう、……っていうか、どんな手段を使って、作ってもらったんだろう……」
だんだん、マルクの顔色が悪くなってくる。
確かに、魔王だものね……。
「じゃあ、みんな、先にごはんを食べてから、デザートを食べようか?」
と、声をかけるユーリ。
「「「はーい!」」」
子どもたちが、なんとも、いいお返事をした。
中身魔王の偽物王子は、すっかり子どもたちを掌握している。
子どもたちは、さーっと席に着き、「いただきます!」と言って、食べ始めた。
そんな子どもたちを師匠が甲斐甲斐しく面倒をみている。
ははーん!
ドーラさんに子どもたちのことを頼まれたのね。
が、ダニエルは動かず、きらきらした目で動物たちのお菓子を見つめていた。
「ねえ、きみ。このお菓子に興味があるの?」
ユーリが聞くと、ダニエルはうなずいた。
「ぼく、甘いものを作る人になりたいんです」
すると、ユーリはやけに優しい声色で言った。
「僕ね、このお菓子を作った人をよーく知ってるんだ。修行したかったら、いつでも言って。紹介するから」
「えっ! ほんとに?」
「もちろん。修行するには、いいと思うよ。腕は確かだから。……まあ、隙はあるけどねえ」
なんだか語尾が不穏ね……。
思わずマルクを見ると、悲しそうにうなずいた。
なるほど。このお菓子を作った人は、やはり、ユーリに何か弱みをにぎられてるのね。だから、休業中なのに作らされたと……。
かわいい動物たちのお菓子が、なんだか、余計に涙を誘うわ。
「でも、なんで、ぼくにそんなことをしてくれるんですか?」
と、ダニエルがおずおずと聞いた。
「そうだねえ。アデルと仲良くしてくれたからかな。僕たち、あと二年したら結婚するんだけど、結婚式のケーキでも焼いてもらおうかな。なんてね」
そう言って、ユーリが艶やかに微笑んだ。
ダニエルがなんともいえない顔をした。
「大人気ないことするね。子ども相手に、なに、牽制してるの? 余裕のないことで」
と、口を挟んだのはデュラン王子だ。
ユーリが冷たい視線でデュラン王子をにらむ。
一気に、部屋が極寒に舞い戻った。
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