第46話 早めが肝心

※アデル視点に戻ります。


 少しずつ、卵を割るスピードもあがってきた私。


 しかし、前世の記憶があっても、やはり、完全に別人なのね。

 勝手に体が動くこともなく、この体は料理を一度もしたことがないアデルなんだわ、としみじみ……。


 そして、私は最後の1個を無事に割り終えた。

 

「全部、割れたわ」

と言いながら、ダニエルの方を向いて、驚いた。


 だって、お鍋にはスープができあがり、そして、野菜のサラダまでできている。

 私が卵を割っている間にそんなにできるの? 


 あ、そうか。


「スープとサラダは、前もって作っていたのね」 


「今、作ったけど」


「え、たった2、3分で? ダニエルって、もしかして、魔法使いなの?」


 ブフッとふきだす声が聞こえた。師匠だ。


「2、3分って……。少なくとも、15分はたってるだろ」


 師匠が笑いながら言った。


「えっ、15分? そんなの嘘よね!?」


 思わず、デュラン王子の方を見る。

 師匠が驚かそうと思って、嘘をついているのよね?


「そうだね。それくらいはたってるかな。でも、アディーがかわいくって、時間がたつのが早かったよ」

と、デュラン王子が甘く微笑んだ。


 そんなフォローをされても、ちっとも嬉しくない。

 まさか、そんなに時間がかかっていたなんて!


「動きが遅すぎて、動いていないみたいなのに動いてるって、おもしろいよな」

と、更に追い打ちをかける師匠。


 ずーん……。


「でも、きれいに割れてるよ。アディー」


 横から、かわいい声が。ダニエルだ。

 しかも、優しく笑いかけてくれている。


 ダニエル、あなた、天使だったのね!

 誰かさんみたいに見かけだけじゃなく、本物の天使だわ!


 落ちこんだ気持ちが、一気に上がる。

 ダニエル天使、ありがとう!


「あとは、オムレツを焼くだけ。じゃあ、アディーは卵を混ぜてくれる?」


「わかったわ」


 うん、それなら私にもできる。全力でかきまぜるわ!


「あ、もういいよ」

と、すぐに、ダニエルにとめられた。


 え、もういいの? 力、ありあまってますが……。


「卵の量が多いから、何回かにわけて焼くんだ」


 そう言って、慣れた手つきで焼き始めたダニエル。


 あっという間に、三つの大きなオムレツができた。

 それを、人数分にきれいに切っていく。


「私ったら、まったく手伝えてないわね。ダニエルの手際がよくて、思わずみとれてしまったわ」


 私の言葉に、ダニエルが恥ずかしそうに言った。


「ドーラさんと比べると、ぼくは、まだ全然だよ。それに、アデルは卵を割って、混ぜてくれたじゃないか」


 もう、なんて優しいのかしら、ダニエル天使! 

 泣けてくるわ……。


「じゃ、次はドーラさんの食事だけど、何がいいと思う?」

と、ダニエルが聞いてきた。


 病人といえば、おかゆ。


「お米をやわらかく炊いたら、どうかしら?」

と、前世の知識を、今、思いついたように言ってみる。


「お米がないよ」


「あ、そう……え、お米がないの!?」


「うん、近所のパン屋さんが、毎日、パンを届けてくれるから」


 そう言えば、この世界、お米より、パンを食べる率が圧倒的に高いものね。

 あ、でも、それなら、パンでおかゆを作ったらいいんじゃない?


「じゃ、パンを柔らかく煮たらどうかしら?」

と提案してみる。


「パンをやわらかく?」


「ええ。例えば、パンをちぎって、おなべで煮るの。牛乳で。お砂糖もいれて甘くして、卵もいれたら、栄養もあって美味しそうじゃない?」


 そう、今、私の頭の中は、前世で大好物だったフレンチトーストがぐるぐるとまわっている。

 つくり方は知らないけれど、材料はこんな感じじゃないかしら?

 同じような味になれば、きっと美味しいはず! 


「あ、それいいかも! やってみる。ありがとう、アディー」


 私のアイデアを聞いて、大きな目を輝かせたダニエル。

 すぐに、小鍋に、小さくちぎったパンと牛乳、砂糖を入れて、火にかけた。

 「卵は最後にいれたらいいよね」と、つぶやいている。


 あ、卵は私が割ります! と言う間もなく、すでに卵は割られ、かき混ぜられた。


 さすが、ダニエル。なんという手際の良さ。

 あっという間に、パンのおかゆができた。


「すごいわ! ダニエル。将来はお料理をする人になるの?」


「甘いものを作る人になりたいんだ」


「えっ、そうなの!? 私、ダニエルがお店をだしたら、絶対買いにいくわ。楽しみ!」


「いくらなんでも、気が早いよ」

と、はずかしそうに笑うと、ダニエルは子どもたちに向かって声をかけた。


「みんな、ごはんだよ。手を洗ってきて!」


「「「はーい!」」」

 

 子どもたちが部屋から一斉に飛びだしていった。


「じゃあ、ドーラさんには私が持っていくわ……」

と、言いかけたところで、ばっちり師匠と目があった。


 ものすごい圧で何かを訴えかけている。


「……師匠、ドーラさんのパンのおかゆ、持っていってくれるかしら?」

と、圧に負けた私。


「任せとけ!」

と、力強く答えた師匠。

 

 ドーラさんの食事を手にすると、張り切った様子で部屋からでていった。


 そんな師匠をダニエルが生暖かい視線で見ている。

 なるほど、色々、バレバレなのね……。がんばれ、師匠!


「二人ともお疲れ様。かわいいアディーを堪能できたけど、二人が仲良くて、やけちゃった」

と、デュラン王子。


 すると、ダニエルが真剣な顔で言った。


「デュー先生って、アディーのことが好きなの?」


 ん? ……あ、ダニエルは天使なだけあって、素直だもの。

 言葉通りに受け取ったのね。

 

 デュラン王子は甘い言葉が得意なだけで本心じゃないの、と私が説明しようとしたら、先にデュラン王子が口を開いた。


「まっすぐな質問だね、少年。アディーのことは、とても好きだよ」


「へえ、そうなんだ。先生が助手をね……」


 あれ、ダニエル。急に声が低くなったわ。

 のどの調子がおかしいのかしら?  

 さっきまで、天使みたいなかわいい声だったのにね。


「でも、先生とアディーって、年がかなり離れてるんじゃない?」

と、質問を続けるダニエル。


「8歳違いかな。でも、愛に年齢は関係ないよ、少年」


 私たちには、愛も関係ないけれどね。

 それに、少年じゃなく、ダニエルよ。

 デュラン王子は、ダニエルの名前を覚えていないのかしら?


「そうかな? ぼくは、アディーには年が近い人のほうが合ってると思うけど」


 なにかしら? 急に寒気がしてきたわ。


 ダニエルの声が、天使から遠ざかったからかしら。

 デュー先生の、癒しの時の神々しさが消えたからかしら。

 

 それとも、ドーラさんの風邪がうつったのかしら?

 きっと、そうね。今日は沢山食べて、早く寝ようっと。

 早めが肝心だものね。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る