第45話 あの男は、今どこに

 その頃、ユーリは、隠れ家のようなカフェで、ゆったりとお茶を飲んでいた。

 どこにいてもその美貌で目をひいてしまうユーリにとって、気心の知れたオーナーのカフェは、安心できる数少ない場所だ。


 そんなユーリの傍に立ち、話しかけているのは、印象に残らない顔をした男。


「……ということで、今、アデル王女は孤児院で料理を手伝っています」


「へえ、変わった観光だね。でも、アデルって、料理できるの?」


 ユーリは小首をかしげた。


「卵を割る練習をしていました」


 ユーリの彫刻のような美貌に、一瞬だけ、笑みがひろがる。


「その段階? あいかわらず、かわいい。……でも、あの王子がそれを見てるのが、腹立たしいんだけど」


 ユーリの発する冷気に、男は思わず身震いする。


「まあ、いいや。引き続き、アデルの身の安全と事細かい報告を」


「了解」


 そう言って、男は立ち去ろうとしたが、振り返って、にやりと笑った。


「主がいなくても、王女は楽しそうだよ。王子のこと『デュー先生』って呼んで、えらく尊敬してたしね。主もうかうかしていられないんじゃない?」


 男の口調はすっかり変わっている。


「死にたいの? 早く行け」


 ユーリから殺気が放たれた。


「こわっ」


 そう言うと、男は素早く立ち去った。

 その後ろ姿を見て、少年の頃を思い出したユーリ。


 

 暗殺に来たのが、今の男だった。

 自分と同じ年齢で、すでに暗殺者だと知り、興味をひかれ、破格の待遇でひきぬいた。

 まあ、暗殺者はいらないから、自分専用の影としてだけど。


 もう長いつきあいになるから、俺のことを熟知している。

 が、好みも似ているのか、あいつ、アデルを気に入ってるんだよね。


 俺からアデルが逃げようとすると、やたらと喜ぶ。逃げたところで、あいつが得られるわけでもないのにね。というか、俺がアデルを手放すわけないだろ?


 ほんと、アデルは変な奴に気に入られるよね。

 昔から、どこかへ顔をだしたら、だれでもかれでも、たらしこんで帰ってくるし、ほんと面倒。


 結婚したら、いっそ、どこかへ閉じ込めたほうがいいかな?

 海辺の領地はどうだろう?

 片方は海だし、山側を封鎖して、出入りする人間を減らす。

 邪魔者を一切排除し、俺とアデルだけで暮らすんだ。


 いいね。早くそうしたい。


 近頃のアデルのまわりには、目障りな奴らがいるからね。

 特に、あの王子とロイド。


 まあ、ロイドのほうは乳母気取りの脳筋だから、このまま、自分の気持ちにも一生気づかないだろう。だから、まだまし。


 だけど、あの王子は侮れない。

 弱みをにぎろうと調べたけれど、何もでてこない。


 しかも、ちょっと油断している隙に、アデルのブルージュ行を決められたしね。

 あの、くえない王太子と結託しているのは間違いない。


 まあ、アデルに興味を持った時点で、俺の敵。

 もし奪いにくるなら、徹底的に後悔させてあげる。

 なんなら、国ごとつぶしてあげてもいいしね。


 結婚するまであと2年。


 本人はまるで気づいていないけれど、最近、どんどんきれいになってきて、やたらと鬱陶しい視線を集めている。

 今のところ、早めにつぶしているが、これから、あの王子みたいな、やっかいな虫がますます増えそうで面倒だ。


 が、誰にも譲る気はないし、もちろん、負ける気もない。

 絶対に離さないからね、アデル。


 ユーリの席に、今度は別の男が近寄ってきた。


「この店で、ここに書いてあるものを買ってきて」


 ユーリはそう言いながら、メモをその男に渡す。


 男は無言で頭をさげると、さっと、立ち去って行った。


 もう離れているのも飽きたし、お土産が用意できたら、そろそろ迎えに行こうかな。

 ねえ、アデル。



 


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