第44話 ダニエル先生

 台所は居間の隣。

 料理をしながら、居間にいる子どもたちの様子がわかるつくりになっている。


「ちょっと大きいけど、これ着て」


 そう言って、ダニエルがドーラさんのエプロンを貸してくれた。

 エプロンも今世では初めてだから、なんだか、わくわくしてきたわ! 


 自分のエプロンを、しゃきっと着こなしたダニエルが私に言った。 


「先に子どもたちのご飯から作るから」


「メニューは決めてるの?」


 ダニエルは材料を用意しながら、うなずいた。


「今日は近所の人から卵を沢山もらったから、オムレツにする」


 なるほど。かごに山盛りの卵がある。


「じゃあ、私は何をしたらいいかしら?」


 ダニエルは少し考えて、言った。


「卵は割れる?」


 さすがに卵は割れるわよ!

 と思ったけれど、今世では卵を割ったことがなかったわね。


「たぶん、大丈夫だと思う」


「じゃあ、ひとつ、割ってみてくれる?」


「了解、まかせて!」


 まず、卵をにぎりしめるわよね。

 そして、確か器のへりにめがけて、……叩き落す。


「待って、待って、待って、アディー!」


 すごい勢いで、ダニエルが止めに入った。


「なにかしら、ダニエル?」


「すごい力が入ってるけど? 卵を割るんじゃなくて、壊してるの?」


 そういえば、肩がガチガチだわ。

 前世での調理をした記憶はないけれど、体が覚えているはず……。

 でも、アデルとしては初めてだものね。緊張しちゃったのかしら?


 ククッと笑い声が聞こえた。

 デュラン王子だ。いつの間にか、近くの椅子にすわって、こちらを見ている。


 見てなさい。今から、本領発揮よ!

 と思ったら、ダニエルが言った。


「ぼくが割ってみせるから、見てて」


 なるほど。それ、いいわね。


「じゃあ、お願いします! ダニエル先生!」


「先生って……」

と言いながら、真っ赤になるダニエル。


 あらためて見ると、目はくりっとしていて、まつ毛も長い!

 なんだか、悔しいくらい、かわいらしい。

 君も、きらきら人種だったのね……。


 ダニエルは卵を持ち、器のへりにこつんと軽くあてた。

 そして、パカンとあざやかに割った。


「すごいわ、ダニエル! 流れるような手さばきね!」


 思わず、感激して声をあげた。

 ダニエルは、またもや真っ赤になった。


「卵を割るくらいで、大げさだよ。アディーもすぐにできるようになるよ」


 そう言って、はずかしそうに微笑んだ。

 くりくりの大きな瞳が、きらきらしている。


 あー、なんていい子なのかしら! そして、かわいい! 頭なでたいっ!

 あっ、ダメダメ。子ども扱いしたら、また怒られるわ。


 では、私も気合いを入れて、卵を割らせていただきます!


「ほら、そんなににぎりしめないで。普通に持って!」


「はい、先生!」


「そんなに上に手をあげなくていいよ。卵は叩きつけるんじゃないからね!」


「はい、先生!」


「器に、軽くあててみて」


 ……コスッ


「先生、割れません!」


「うん、軽すぎるよね。器に触るだけじゃ、殻にひびが入らないから」


「はい、先生!」


「もうちょっと、強くあててみて。失敗しても大丈夫だから」


「はい、先生!」


 繰り返すこと、何度目か……。


「割れました! 先生!」


 パチパチパチパチ……。

 拍手がおこった。


 デュラン王子やマルク、子どもたち。

 いつの間にか、みんなが台所にのりだすようにして、見ていた。


 みんなに手をふって、拍手に応える私。

 私、やりとげました! 残りの卵割りもお任せください!

 

 子どもたちが、手をふりかえしてくれた。

 ほんと、いい子たちねえ。


 そんな感動のなか、笑い転げている人が一名。師匠!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る