第36話 よく笑えますね

 その時だ。急に、背後がにぎやかになった。

 振り返ると、人が群がっている。


「今日、何かあるのかしら?」

と、ロイドに聞いてみた。


「いえ、何もないはずです」


 ん……? 

 人のかたまりが、こっちへ近づいてきてない?


 ロイドは私を守るように前に立ち、人だかりを凝視する。

 背の高いロイドには何か見えたのか、一気に眉間のしわが深くなった。


 そう言えば、あの人だかり、女性ばかりだわね。

 しかも、なにやら、きゃっきゃっしてるわ。

 あちこちに、ハートがとんでる気がするんだけど……。


 うん、なんだか、見慣れた光景よね。


「ふーん、派手な登場だね。……来なくていいのに」

と、不穏な声でつぶやいたデュラン王子。


 えーっと、もしかして? もしかする!?

 嫌な予感がばりばりしてきたわ。


 マルクを見ると、食べていたお菓子をさあーっと片づけている。

 服をはたき、食べていた形跡も消しているわ。


 一体、あの人だかりの中心にいるのは誰でしょうか?


 なーんて、クイズ形式にしてみても、気持ちはあがらない。

 面倒なことになりそうで、ため息がでるわ。


 ただ一人、師匠だけは私たちの様子を楽しそうに観察している。


 人だかりが私たちの前でとまった。

 そして、女性たちの真ん中から、予想通り、魔王がきらびやかに登場!


「君たち、助かったよ。案内してくれて、ありがとう」

と、女性たちに微笑んだ。


 きゃーっ!と、悲鳴があがる。


 普段、聞きなれている貴族女子のユーリファンより声が大きい。

 おなかから声がでてるわね。うん、なんだか新鮮。元気でいいわね。


 そして、ユーリは今日も外面は完璧ね。


 あら、胸をおさえて、苦しそうな女性がいる。大丈夫かしら?

 魔王に至近距離で接するのは初めてだものね。お大事に。


 そして、私たちの前に優雅に近づいてきたユーリ。

 ロイドに向かって一言。


「まだ、こんなところにいるの? 仕事が遅いね」


 ちょっと、ユーリ! 来て早々、いきなり、なんてこというのよ!?

 場がぴりついて、肌が痛いじゃない!


 私はロイドの前に立ち、ユーリにびしっと言ってやった。


「それより、ユーリ。何で来たの? 今日は仕事じゃないの?」


「ひどいな、アデル。急いで、終わらせてきたのに」

と、それはそれは、甘ったるく微笑んだ魔王ユーリ。


 まわりのギャラリーから、またもや、悲鳴があがる。

 ヒートアップしてきたのか、さっきより、みなさんの声が更に大きくなった。

 元気でいいと思ったけれど、やっぱり、落ち着いて。耳が痛いわ……。


「先に教会に行ったから、遅くなったんだ。まさか、まだ、市場でうろついてるなんて思わなくてね」


 そう言って、ロイドにひんやりとした視線を向けたユーリ。


 ほんと、やめて……。いちいち毒をふくませないで!

 天敵を刺激するじゃない!


 が、遅かった。


 ロイドが、私を背中の後ろに隠すようにして、ユーリとの間に立った。


「次期公爵に予定は言ってなかったはずですが? あいかわらず、アデル様につきまとって、気持ちが悪いですね」


 うん、確実によからぬ鐘がなったわね。

 

 マルクは、また、完全に気配を消している。

 デュラン王子は、いつ加わろうか、様子をうかがっている。


 そして、師匠。なに、笑ってるんですか?

 楽しんでる場合じゃないですよ。弟子を止めてください!


「つきまとうもなにも、アデルは僕の婚約者だから。でも、君は王太子の騎士でしょ。君こそ、アデルとは無関係だよね?」


「いえ、私の絶対的な主は、一生、アデル様ですから。忠誠は、アデル様に捧げております」


 えっ、そうなの? いつの間に、捧げられたのかしら?


「君はアデルの騎士には一生なれないよ。だから、王太子で我慢してね」


 ユーリ、我慢って……。ルイ兄様が聞いたら、泣くわよ。


「いえ、王太子の騎士は仮です。あなたがどれだけ邪魔しようとも、アデル様の騎士になってみせます」


 ロイドも、仮って……。ルイ兄様、本当、ここにいなくて良かったね。


「それより、あなたこそ、一時的な婚約者でしょう? アデル様にふさわしい、すばらしい方があらわれるまでの虫よけです」


 ちょっと、ロイド?

 魔王にむかって、なんて恐ろしいことを言うの!?


「へえー、虫よけ? その虫がよく言うよ」


 ユーリから、どっと冷気が流れだす。

 寒い、寒すぎる!


 見ると、マルクの顔色がどんどん悪くなっている。大丈夫かしら?

 

 それに、何かしゃべりたそうな顔をしているデュラン王子。お願いだから、黙っててね。


 そんな極寒の中、


ブフォッ!


 師匠……。


「あ、すまん、すまん……。続けて」

そう言うと、声を殺して笑っている。


 ええと、この状況で、よく笑えますね?



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