第34話 泣き、笑う

 さっきまで、完全に気配を消していたマルクが、急に、きらきらした目で師匠を見始めた。


 甘いもの好きとして、仲間意識がでたのね。

 さりげなく、さっき買ったお菓子を差し出している。


「おっ、これ好きなんだ。ありがとな。……って、あんた、だれだ?」


「アデル王女様の婚約者の弟で、ロンバルト公爵家次男のマルク・ロンバルトです」


 はにかみながら、マルクが答える。


「長いな! おぼえられねえ。マル坊でいいな。甘いもの好きな奴に、悪い奴はいない。マル坊、よろしくな」


 師匠の言葉に、マルクは嬉しそうにうなずいた。


 ちょっと、マルク! マルティーはダメで、マル坊はいいの? 

 釈然としないわね……。


 まあ、でも、マルクったら、今日一番の笑顔ね。

 マルクを救ってくれてありがとう、師匠!


「さっきの続きだが、結局、土産の菓子……、いや、熱意に負けて、ロイ坊を引き受けることにした。俺は、近くのガキどもに武術を教えてる」


「けんかもですけどね」


 ロイドがさらりとつけたした。


「けんかにもルールがあるってことを教えていただけだ。そのおかげで、おまえも、けんかを吹っ掛けられても対処できたろう?」


「別に、困ってませんでしたから」


 しれっと答えるロイドに、師匠がにやりとした。


「よく言う。ロイ坊は、最初、見るからに育ちのいい貴族の坊ちゃんで、弱弱しいもんだから、そりゃあ、他のガキどもから、きつくあたられてな。すぐ、辞めるかと思ったが、こいつはへこたれなかった。誰よりも先に来て、誰よりも遅くまで練習する。あっという間に、一目置かれるようになって、誰よりも強くなった。しかも、今や、王太子様の専属護衛騎士だ。うちでは、ヒーローだよ」


「さすが、ロイドね!!」


 自分を褒められたように嬉しくなって、思わず叫んでしまった私。


「それで、俺は聞いたわけよ。なんで、そんなにがんばるんだって。気になるだろう?」


 私はうんうんとうなずいた。


 デュラン王子も未知の生きもの、ロイドの生態に興味があるらしく、耳をそばだてている。

 マルクは、お菓子を食べながら、仲間と認識した師匠の言葉に耳をそばだてている。


「なんでも、ロイ坊が、王宮の庭で王太子様を待っていた時、蛇がでてきたんだと。ロイ坊は怖くて、動けなくなった。助けを呼ぼうにも、蛇が飛びかかってきそうで、声が出ない。木の陰で隠れて震えていたら、そこへ現れたのが、小さな女の子だ」


 ん? それ、なんか記憶があるような?


「なんと、その小さい女の子は、震えるロイドの手を無理矢理ひっぱって、一緒に逃げようとしたそうだ。自分もがたがた震えているのに、蛇に向かって、こないでー!って、叫びながら。まあ、すぐに、護衛が飛んできて、蛇を追っ払ったらしいがな」


 あ、やっぱり、それ私よね?

 指を自分にむけて、思わずロイドの方を見る。


 ロイドは恥ずかしそうに目を伏せて、うなずいた。

 悔しいほどに、まつ毛が長いわね……。


「そう、それが、お姫さんだよ。ロイ坊は、お姫さんの行動に心をうたれた。これからは、その子を未来永劫、ぼくが守りたい。そのために、強くなりたいって話してたな」


「未来永劫? 重すぎて引くな……」

と、デュラン王子。


 引くなんてとんでもない! あ、ダメだわ。こういうのに弱いの、私。

 感動してしまうじゃない、と思った瞬間、どわーっと滝のように涙がでてきた。


「え、アデル? 泣いてるの? しかも、そこまで泣く!?」


 デュラン王子が、私の顔を見て、驚いた声をあげる。

 そして、肩が震えはじめた。


「ククッ、ごめん……。でも、いくらなんでも泣きすぎでしょ?」


 師匠も吹きだした。


「いや、ほんと、おもしろいねえ、お姫さん」


 二人とも、なに笑ってるの? ここは、泣くところでしょ! 

 号泣エピソードじゃない!


「師匠、アデル様を泣かせるのはやめてください」


 ロイドは、すかさず、ハンカチをとりだし、私の涙をぬぐいながら、師匠に注意する。


 ぬぐってくれるハンカチには、私の好きな動物、リスの刺繍がしてあるわ……。

 もう、ロイドが乳母に見えてきた。


「いやいや、この話で泣ける要素なんてないぞ? お姫さん、おもしろすぎだろうよ」


 師匠は、すっかり笑いがとまらなくなっている。


「ほら、アデル。これ、食べなよ。泣くと疲れるでしょ」


 今度は、マルクがお菓子を差し出してくれた。


 さすが、親友。いただくわ。

 パクッ、美味しい!


 ブフッ……。


 また、師匠が吹きだした。

 しかも、「ほんとに王女様なのか……」と言いながら、笑っている。


 失礼ね! そのつぶやき、聞こえてますよ。


 そして、やっと笑いがとまったデュラン王子。


「やっかいな人たちに守られてるけど、余計に手に入れたくなるね」

と、甘い笑みを投げかけてきた。


 笑いすぎて、涙で潤んだスミレ色の瞳が、妖しげなものを垂れ流している。


 次の瞬間、私とデュラン王子の目線の間に、なにかが落ちてきた。


 手? 目の前に手が見えるわね……。

 と、思ったら、ロイドが手刀で、私たちの目線を遮るように、即席の壁を作っていた。


 ブフォッ。


 師匠が、また、吹きだした。


「ロイ坊、その手刀、斬新な使い方だな……ブブッ」


 誰か、師匠の笑いを止めてあげて!


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る