第26話 マルクは見た

 ぼくは、ダンスが苦手だ。なので、踊ることはせず、甘いものを片っ端から食べている。王家主催のパーティーだけあって、珍しいスイーツもいっぱいあるしね。


 はあー、疲れた心が癒される……。


 というのも、少し前、人だかりができていたので見てみたら、アデルとユーリ兄様とブルージュ国の第二王子がいた。

 アデルにむかって、二人が微笑みながら、何かしゃべりかけている。

 その様子を、女性たちが取り囲んで、うっとりと見ていた。


「本当に素敵なお二人よね……」


「アデル王女様が、うらやましいわ」


 などなど、女性たちの声が聞こえてくる。

 確かに、きらびやかすぎて目をもっていかれる。すごい吸引力だ。


 ユーリ兄様とはタイプは違うけれど、ブルージュ国の第二王子も美形。

 しかも、微笑むと、甘い雰囲気が増して、……なんというか、胸やけしそうな感じだ。


 しかし、ぼくは長年の経験から、嫌な予感がびしびしとしてくる。

 あの王子、ユーリ兄様と同類だ。


 ほら、アデルも顔がひきつっている。

 一人でも大変なのに、二人になったら……。想像するだけで、震えてきた。


 かわいそうに、アデル。

 強烈に癖のある人たちに好かれるカルマでも持ってるのかも。


 あっ、アデルと目があった。


(ちょっと、たすけてよ!)

と、クチパクで助けを求めてきた。


 助けたいのは、やまやまだけど……。


(ごめん、無理)


 ぼくもクチパクで、すぐに返した。


 それを見た、アデルの顔。

 長いつきあいだから、言いたいことは伝わってくる。

 あきらめるのが早い、だよね。


 でも、しょうがないよ。

 小さい頃から、あのユーリ兄様のそばにいるんだよ。

 これが、ぼくの生きるすべなんだ。


 考えても見てよ。

 ユーリ兄様だけでも太刀打ちできないのに、甘い仮面をかぶった、ややこしそうな王子までいるなんて。

 うん、やっぱり、ぼくには無理だよ。


 それにしても、まわりの女性たち。なんで、この二人が怖くないんだろう?

 あの笑顔から黒いものが、あんなに漏れ出しているのに……。


 だいたい、物語の中でも、悪魔とか魔王って美形が多いよね。

 きれいな見た目で獲物を魅了するんだと思う。まさに、あんな感じ。


 ということで、アデルには悪いけれど、そそくさと逃げ、甘いものを補給している最中だ。


 が、あれ? なにか、あったのかな?

 ダンスのフロアが騒がしい。


 うん、嫌な予感がする……。また、あの人たち?

 でも、ダンスは二人で踊るから、三人でもめることはないし。


 怖いけれど、気になるので、フロアに近づいた。

 そして、女性たちの視線を追っていくと……。


 げっ! なにしてんの、ユーリ兄様!?


 ダンスをしながら、アデルの顔に自分の顔を近づけている。


 もしや、キ、キ、キ、……してるわけではないよね。

 あー、びっくりした!


 が、なんで、あんなに顔をひっつけるんだろう?

 しかも、何度も顔を近づけるので、その度に、女性陣から悲鳴があがる。


 ユーリ兄様が暴走してる……。

 はじめてのライバル登場に、新たな扉が開いてしまったのかも。


 今までも、アデルに近づこうとする野心あふれる男たちは沢山いたけれど、ユーリ兄様いわく、相手にもならない奴ばかりだそう……。

 文字通り、瞬殺されていた。

 アデルは自分がもてないと思ってるみたいだけど、ユーリ兄様が全部つぶしてきただけだからね。


 が、今回ばかりは、ユーリ兄様と同等というか、同族というか、同じ魔族みたいな感じだしね。

 焦っているのかも。


 ちなみに、ユーリ兄様はダンスがすごく上手で、いつもは、優雅で品のあるダンスをする。


 が、その品がどこかにいってしまってるよ!?

 しかも、色気があちこちからあふれだしてて、恐ろしいんですが……。


 ほら、アデルなんて真っ赤になってる。ほんと、気の毒に。


 うわっ! 第二王子だ。


 他の令嬢と踊っている王子が、すれ違いざまに、ユーリ兄様を笑顔のまま、すごい目つきでにらんでいる。

 なんて、器用なんだ。


 が、ユーリ兄様は見もしない。とろけるような視線で、アデルだけを見ているから。


 そして、王太子様は、なにを笑ってるんでしょうか?


 もともと、にこにこして、内心がよめない人だけれど、今、心底楽しそうなんですが……。

 しかも、笑いがとまらなくなって、ダンスのパートナーの女性が不審な目で見てますよ。


 みんな、のんびりした見た目にだまされているけれど、もしかしたら、一番危険なのは王太子様かもしれない。


 はあー、なんだか、また疲れてきた。

 甘いものでも食べてこよう。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る