第25話 ダンスの時間

 ここで、音楽がながれ始めた。ダンスの時間だ!


 いつもは、ダンスは好きじゃないのだけれど、今日ばかりはうれしい!

 とりあえず、この魔王二人から逃れられるもの。


 ルイ兄様は他国の王女と婚約しているので、一曲目は私とダンスをする。

 早く、この場から逃げましょう……、じゃなくて、ダンスをしに行きましょう!


 といっても、二曲目は、ユーリとダンスをすることになるんだけどね。

 でも、つかの間、心の休息ができる。

 

 ルイ兄様に近づいていこうとすると、ユーリに引っ張り戻された。


「アデル、今日はこっちだよ」

と、ユーリ。


「でも、最初は、ルイ兄様よね?」


 違うなんて言わせないわ! という勢いでルイ兄様を見る。


「今日の僕の相手は、ブルージュ国交渉団の女性団員さんたちだから。ユーリと踊っておいで」


 ルイ兄様は楽しそうに言うと、私に向かってひらひらっと手をふった。


 ルイ兄様はのんきでいいわね……。

 私のひとときの休息が消えたというのに……。

 

「あとで、ぼくとも踊ってくださいね」


 とろけそうな笑みを向けてくるデュラン王子。

 どれだけ甘くても、もう、やっかいな笑顔にしか見えない。


 踊りたくはないけれど、一応、王女として、返事をする。


「はい、お願いします……」


 その途端、ユーリに冷たい視線でにらまれた。

 ほんと、面倒……。


 ということで、一曲目。ユーリと踊り始めた私。


 さすが、ユーリね。麗しい笑みを浮かべて、リードも完璧。

 

 何でもできるユーリは、ダンスも上手いのよね。

 私のダンスは普通だけれど、ユーリのリードで相当ごまかしてもらっている。


 ユーリのダンスに、まわりからため息が聞こえる。

 すれちがう女性たちが、ユーリを見て、きゃっとか言っている。


 あの、みなさん。踊っている時は、自分のパートナーを見ましょうね。

 失礼ですよ……。


 なんて、考えながら、ぼーっと踊っていたら、女性たちの悲鳴があがった。

 

 えええ!? ちょっと、ユーリ! 何してるの?


 というのも、いきなり、ユーリが、私の顔に触れるくらい顔を近づけてきたのだ。

 しかも、一度ならず、ポジションが近づくたび、触れるほど、顔をひっつけてくる。


 こんな接近するような踊り方をしたことがないのに、どうしたの?

 あ、もしや、平衡感覚がおかしくなったのかしら? 正気を保ってる?


 私はたまらず、小声で注意した。


「ユーリ! ちかいよっ!?」


 焦る私に、ユーリは艶やかに微笑んだ。


「アデルが悪いんだよ」


 はあ? なんで、私!?


 憤る私に、美しく微笑みかけてくるユーリ。

 まわりからは、さらに悲鳴があがった。

 ユーリファンのみなさま方が、今にも倒れそう。


 あ、いけない! 作戦をすっかり忘れてた!


 ユーリの婚約者候補を、あのファンの中から、探そうと思ってたのに。

 ダメじゃない。こんな姿を見せたら。


 ユーリファンにとったら、もう、私ってば、完全に敵だよね? 

 ほら、見て。呪われそうなくらい、にらまれてるんですけど。

 さすがに、これじゃあ、近づけないよね……。


 作戦、実行する前に失敗か。また、別の作戦を考えなきゃ……。


「ねえ、アデル」


「ひゃっ!」

と、思わず声がでた。


 なに、今の?! もしや、耳に息をふきかけたの?!


「ぼくとのダンスの最中に、なに考えてんの? 余裕だね。ねえ、アデル」


 こら、やめなさい! 耳のそばで話さないで! 

 顔が燃えそうなくらい、熱くなってきた。


「ユーリ! やめてよ」


 小声で怒る私。

 が、そんな私を見て、ユーリがククッと笑った。


「かわいい、アデル」


 え、そんなこと言う人だった?


「でも、変なやつ、引き寄せたらダメだよ」


 ん? あなたのことですか?


 それからも、何度も顔を近づけてくる。

 こんな疲れるダンス、踊ったことがないんだけど!


 心身が削られたところで、やっと、曲が終わった!


 やったー! がんばった、私!

 さあ、華麗にお辞儀をして、ありがとうございました。退散!

 

 と、思ったら、ユーリに手をつかまれた。


「どこ行くの? まだ、終わってないよ」


「え、でも、次は、デュラン王子と踊らないと……」


「ダメだよ。今日は最後までぼくと踊るから」


「はあ? いつも、一曲しか踊らないでしょ?」


「いつもはね。でも、今日はダメ。ずーっと踊るの」

と、よくわからない会話をしている間に、新しい曲が始まった。


 そのまま、無理無理、踊らされ始める。


 ユーリファンのざわめきが聞こえる。

 わかるわ! 私もざわめきたい! どうなってるの?


 とにかく、誰でもいいから音楽をとめて……。



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