第16話 マルクの思い

 真実の愛作戦、実行の日。

 ぼく、マルクは、猛烈に後悔していた。


 よく考えると、上手くいきっこない話なのに、アデルが話すとできそうな気がして、いつの間にか、受け入れてしまっていた。


 が、真実の愛って、一体なんだ?


 それに、短い間であっても、仮であっても、アデルの婚約者になるだなんて、無理に決まっている。

 相手は、あのユーリ兄様だ。殺されるじゃないか……。


 アデルは、ユーリ兄様の熱狂的なファンであるご令嬢たちに妬まれて、聞こえよがしに悪口を言われていたから、どうも、自己評価が低いところがある。

 が、くるくるとよく動く表情と、好奇心いっぱいの大きなグリーンの瞳は人をひきつける。

 今は愛らしいと評判だが、きっと、これから、どんどん美しくなっていくだろう。


 しかも、王女らしからぬ気さくさで、親しみやすい。

 本人はぶつぶつ言いながらも、真面目で、努力家で、王女の役目はがんばりすぎるほど。

 なので、末っ子のアデル王女は、みんなに愛されている。


 アデルは、やたらと、ユーリ兄様と距離をとりたがるけれど、並ぶと案外お似合いで、目を奪われる二人なのだ。


 そして、ぼくにはわかる。

 ユーリ兄様が、アデルを手放すわけがないと。


 小さい頃から天才で、大きな魔力を持ち、並外れて美しかったユーリ兄様には、人がいっぱい近づいてきた。

 が、誰にも、何にも、興味を示さなかった。

 しつこい人は相手が誰であっても、容赦はしない。そういう点では、血も涙もないのだ。


 そんなユーリ兄様が、アデルと出会って、変わった。

 宝石のように美しいけれど、何も映していないように見えた瞳が、アデルを映し始めて息づいた。

 そして、その瞳は、いつもアデルを追っている。


 アデルが遊びに来る時は、何故だか、早く帰ってくる。しかも、急に決まった訪問であってもだ。

 それに、ぼくだけの時に、お土産なんて買ってきたこともないのに、アデルが来ていると、美味しいお菓子を買ってくるんだ。


 こんなに、アデルだけが特別なのに、アデル本人には、まるで伝わっていない。

 それどころか、怖がられている。


 でも、それも仕方がないんだよね。


 アデルが嫌がったり、怒ったり、感情をむきだしにすると、ユーリ兄様はとても喜ぶ。だから、そういうことばかりして喜んでいるから、嫌がられるのも無理はない。


 真実の愛のことは、わからないけれど、ユーリ兄様の愛情の表し方がまずいのは、ぼくにもわかる。


 そして、そんなとんでもないユーリ兄様から婚約者を奪う役を任されたぼくは、朝から緊張していた。

 緊張しすぎて、……その後の記憶はない。


 が、気がついた時、なぜか、ユーリ兄様が、目の前で、優雅に紅茶を飲んでいた。

 機嫌は良さそうだ。


 あれ、アデルはどこだろう?

 まわりを見まわしてみる。いない。


「アデルなら、帰ったよ」


「え? いつの間に」


「マルクが意識をとばしている間にね」


 そっか、ユーリ兄様が、ご機嫌ってことは、あの変な作戦はやまったんだな。

 ほっとしたら、のどがかわいた。

 目の前には、冷え切った紅茶がある。カップをとって、のどをうるおす。


「マルクが、真実の愛の相手なんだって?」


 ブーッ!

 思わず、口に含んでいた紅茶を吹きだした。


「ちょっと、マルク、汚いんだけど」


 ユーリ兄様が合図をすると、メイドが、タオルを持って飛んできた。


「ご、ごめんなさい……。びっくりして」


「何に謝ってるの?」


 空気が一気に冷えてきた。


「えっと、紅茶を吹いたこと……です」


「ああ、そっちね。それで、マルクが真実の愛の相手なの?」


 魔力がもれだしているユーリ兄様の目。ぼくを射抜くように見てくる。


 ごめん、アデル! ぼくには無理だから!


「違う……、違います! ぼくたち、ただの友達です!」


「……」


 間が怖い。なんで、だまってるの?


 すると、ユーリ兄様の目から魔力が消えた。


「わかってるよ、そんなこと。もし、本当にそうなら、とっくの昔に消してる」


 え! 消す? なにを消すの? 

 まさか、ぼくを? 血のつながった弟なのに?!


 悪いけれど、アデルには犠牲になってもらおう。

 まわりへの被害が甚大だから!!

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