第9話 契約

 前世の言葉で言えば、善は急げ……。

 早く婚約解消のため動かないと!

 

 で、向かった先は、マルクのところ。


「ねえ、マルク。モリリオン先生の限定本って、欲しい?」


「限定50部の、あのまぼろしの本!? 欲しいに決まってるよ!」


 私は、厳かに袋に入った本を、マルクの前に差し出した。


「手に入りました」


「えええっー!! どうやって!?」


「そりゃあ、王女のコネを使いまくったわ! が、さすが、モリリオン先生。それでは、手に入らず、私の宝物の一冊、リッカ先生のこれまた幻の絶版本と交換してくれる人を見つけて、やーっと手に入ったのよ!」


 そこで、マルクは首をかしげた。


「えっと、アデルは、モリリオン先生よりもリッカ先生のファンだよね。なんで?」


 ここで、私は、ずりっとマルクに近寄った。

 さあ、勝負よ!


「この本をマルクにあげるかわりに、お願いがあるの」


 マルクは視線は本の入った袋を見たまま、逆にずりっと後ろにさがった。


「……お願いって、なに?」


「私と婚約してください!」


「……」


「ねえ、聞こえた? 私と婚約してください。ほら、この本あげるから!」


「はあ? いやいやいやいや、それ、おかしいよね!? なに、その変な婚約の申し込み!? それになにより、アデル、ユーリ兄様と婚約してるじゃないか!」


「私は了承してない。ユーリと結婚したくないもん。だって、ユーリの怖さ、マルクもわかるでしょ?」


 マルクは、即座にうなずいた。

 あの美貌の裏に隠された本性を、二人とも、よーく知っている。


「ユーリと結婚したら、本を好きなだけ読んで、のびのび暮らせると思う? ユーリに管理されるに決まってる。しかも、ユーリ基準でふりまわされるんだよ。怖すぎるわよね」


「確かに……。アデルには気の毒だけれど、ユーリ兄様は、気分で人を操るし、特にアデルをおもしろがってるから、そうなるだろうね……」


 私は、マルクの意見に、うんうんと力強くうなずいた。


「だから、マルクと婚約するの。同じ公爵家だし、相手が、ユーリからマルクに変わっても、他の人ほど波風たたなくない?」


「え……? それは違うと思うけど……」


「そりゃ、どっちかが好きだったりしたらもめるだろうけれど、私たちは、完璧な政略でしょ? それに、私と婚約解消したら、ユーリは美女を選び放題。年頃の令嬢たちも大喜び。そして、ユーリの暇つぶしのターゲットも他に移る。うん、いいことづくめだわ!」


 マルクは、納得がいかない顔で、首をひねっているが、私はかまわず話を続ける。


「ほら、幸い、マルクも婚約者はいないし。だから、私とマルクが結婚したいってことにしたら、穏便に、婚約を解消できていいかなって」


「えっ、じゃあ、ぼくとアデルが結婚することになるの!?」


「なに、そのちょっと嫌そうな顔。失礼なんですけど?」


 私が怒った顔をすると、優しいマルクはあわてて言った。


「いや、もちろん、友達としては好きだけど……。うーん、結婚とかは考えたこともないから、どうなんだろうって……」


「あ、大丈夫。私も同じ気持ちだから。でも、心配ご無用。マルクに好きな人があらわれたら即座に解消するし、そうならなくても、ユーリが他の人と婚約したら、解消するから」


「じゃあ、その後、アデルはどうするの?」


 私は、フフフッと笑って言った。


「最終的には、シンガロ国に行こうと思う。だって、ここより物語本も多いし、なにより、私の尊敬するリッカ先生もいらっしゃるしね! そうなったら、どんどん翻訳して、マルクに送るわね」


「それなら、それを仕事にしてもいいよね」


「なるほど! マルクには、こっちで売ってもらって、……あ、二人で出版社でもする?」


 マルクの目が輝きはじめた。

 本好き二人の夢は、どこまでもひろがっていく。


「じゃあ、モリリオン先生の本もどんどん読めるね」


「あったりまえよ! リッカ先生とモリリオン先生は最優先よ!」


「いいね、それ! ぼく、そんな仕事がしたい!」


「そのためには、まずは、私と結婚したいと芝居をうってもらわないといけないわ」


 マルクは覚悟を決めたように、うなずいた。


「わかった! ぼく、アデルと結婚したいって言う!」


「じゃあ、契約成立ね。じゃあ、これをどうぞ」


 そう言って、私はモリリオン先生の限定本をマルクに手渡した。

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