第7話 なんてことを

「で、今日も、二人は本の話をしてたの?」

と、ユーリが聞いてきた。


「うん! アデルに、ぼくの大好きな作家さんの本をもらったんだ」


 私があげた本を手にして、嬉しそうに答えたマルク。


「へえ、アデルにもらったの? 婚約者の僕は、もらったことないのに? いいなあ、マルク。マルクがうらやましいよ……」

と、悲し気に目を伏せたユーリ。


 音がしそうなほど、長いまつ毛ね……。

 

 そして、なんて嘘くさい言葉。

 いくらお人好しのマルクでも、ひっかからないわよ。

 

 と、思ったら、あきらかにマルクが動揺しはじめた。

 

「えっと……、あの、ぼく……」

 

 あせりまくるマルク……。なんだか早口言葉みたいね。

 

「あのね、マルク。ユーリはからかっただけだから、気にしなくていいよ。だって、ユーリは、物語の本は読まないもの。うらやましいなんて思ってないから」

 

 私の指摘に、ユーリがクスッと笑った。


「さすが、アデル。僕のことわかってる。……でも、マルクにだけプレゼントするなんて、ずるいよね? マルク、その本、見せて」

 

 ユーリの言葉に、すぐさま、マルクが本を差し出した。

 

 おっとりしたマルクにしたら、素早い動き。

 きっと、普段から、魔王ユーリに命じられたら即実行みたいなのが、身にしみついているのね。可哀想に……。


「ふーん、シンガロ国の本か」

と、興味なさげに、ユーリがぱらぱらとめくっていく。


 でも、ユーリの場合、ただめくっているわけじゃないのが怖いところよね。

 

 というのも、ユーリは、ものすごい速読。

 シンガロ国の言葉も自国語のように読めるし話せる。 

 

 しかも、ユーリの場合は、他のいろんな国の言語も習得しているのよね。  

 

 ずるい、うらやましい、妬ましい!


 そんな言語能力がありながら、物語を読むためには使わないだなんて、ほんと、もったいないよね。 

 

 天才め、許すまじ!

 

 なんて妬みにまみれた目で、にらみつけていると、ユーリがパタンと本を閉じた。

 そして、それはそれは美しく微笑んだ。


 ぞくっとする。これって、何か企んでる時の顔よね?


「なるほどね。主人公が仲間に裏切られて、死にそうになるんだけど、この表紙のドラゴンが助けにくるんだって。で、その裏切り者、名前だれだっけ? あ、そうそう、モニークか。僕なら、最初に出てきた時点で裏切ってるってわかるから、つぶすけど、主人公って危機管理がなってないよね? 最後の最後になって、やっと、モニークは敵のスパイだっていうことがわかるんだけど、気づくのが遅すぎて、びっくり。でも、まあ、鈍すぎる主人公だけど、助かって良かったね」

と、一息にしゃべったユーリ。


「「……」」


 異様な静けさにつつまれる。


「あれ、どうしたの? 二人とも」


 はっと意識を取り戻した私は、椅子をけって、立ちあがった。


「はああああ?! なに、言ってるのよ、ユーリ!」


 ユーリは眉間にしわをよせた。


「アデル、声が大きすぎて、うるさいよ?」


「うるさいじゃない! 今、なんて言ったのよっ?!」


「うーん……、だから、鈍すぎる主人公だけど助かって良かったね、って言ったけど?」


「全然、良くないわ! 物語の結末を言ったらだめじゃない! しかも、何、その失礼すぎるまとめ方!? 危機管理が行き届いた主人公だったら、そもそも、この物語は生まれなかったの! なにより、マルクは今から読むのよ。なのに、物語のカギになる人までバラして、ひどすぎるわ!」


「そう? 別に先の展開を知っても、大丈夫じゃない?」


 ダメだ。

 そもそも、物語を読まない人に何を言っても通じないわ……。


 それより、マルク!

 となりを見ると、マルクの目は、すでにうるうるしていた。


「マルク……、大丈夫?」


 呼びかけるけれど、マルクは放心状態。


「マルク、大丈夫だからね。モニークは裏切り者じゃないかもしれない。いや、モニークなんて人、この本にでてこないかもしれない。結末はまだ、全然、わからないわ!」


「いや、間違いないよ。モニークが裏切った。裏切り者はモニークだ」


 ユーリが、きっぱりと言い切った途端、マルクが泣き始めた。

 マルクの無念がわかりすぎる……。ユーリめ!

 

 私は、なんとかなぐさめようと、マルクのまわりをうろうろしていると、ユーリの笑い声が!

 

 見ると、普段の繕った笑顔ではなく、心底楽しそうに笑っている。

 邪気のない笑顔は天使っぽくて、思わず、目がひきよせられた。

 

 が、見た目に騙されてる場合じゃないわ!


「マルクを泣かせて、なんで、そんなに笑ってるの!?」

 私が怒ると、ユーリは満足そうに言った。


「だって、楽しいから。やっぱり、アデルがいると楽しいね。予定を変更して早く帰ってきた甲斐があった。疲れがふきとぶよ」

と、甘く微笑んだ。


 なんて疲れのふきとばし方なの!? 

 魔王ユーリは、本好きの敵でもあるわね!



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