悪運強し

 車を緊急停止させた際の対応に読者の皆は自信があるだろうか。

 まず車両から脱出、発煙筒をマッチと同じ要領で発火させ、停止車両から50メートルほど離れた場所に設置し後続車にその存在を知らせる。そうして身の安全を図ってから三角表示板を設置すると言った段取りで行うのが基本らしいのだが、実際何かあった時に落ち着いてことをなせる人間はなかなかいないだろう。

 筆者は先日、友人とドライブに出かけた。

 少し遠くまで行ってみようという話になり、友人の車で高速道路に乗ろうとしたら突然エンジンが爆発し減速、緊急停止しなければならなくなったのだった。

 エンジンルームから白煙が吹き上がり、何かが焦げたような匂いが車内に充満する。ハザードランプを点けつつ、急いで助手席側のドアから下車しガードレールの外側に避難したはいいものの、気が動転して次に何をすればいいのかわからなかった。

 まず警察に通報すべきか、それともロードサービスに連絡すれば警察に繋げてくれるのか。発煙筒はどう使えばいいのか。丁度ラッシュの時間であると同時に高速の入り口が近いこともあり、他車両は速度を上げて走行しているので三角表示板を置ける余裕がない。もはや笑うしかないという状況である。

 二人で「やばいやばい」と言いながらとりあえずロードサービスに連絡。

 目印になるものが何もなく居場所を伝えるのにも苦戦していると、やがて一台の普通車がこちらに近づいて来た。見るとそれは警察の覆面車両のようで、屋根には赤いパトランプが乗っていた。

「エンジンの故障ですか?」と言いながら県警の字を身に纏った二人が降りてきてくれた時は本当に心強かったものである。筆者たちはことの顛末を彼らに説明すると、とりあえず非常駐車帯まで車を押そうと言う運びになり、その時初めて警察官が発煙筒を焚いてくれたのだった。

 しばらくして非常駐車帯に辿り着き、レッカー車の手配が済んだことを伝えると彼らは「二人とも生きてて良かった」と言い残して再び覆面に戻って行った。優しい人たちだった。

 レッカー車が到着したのはそれから三十分後のことである。

 レッカーの方も優しい人で、未だに心臓をバクつかせていた筆者たちを和ませるように話しかけてくれた。彼は整備工場まで送り届けてくれると「追突されなくて良かった」と言い残して再びレッカーに戻って行った。

 整備工場ではエンジンルームを診てもらい、そうして今度は「ガソリンに引火しなくて良かった」と言われ、放心状態からいよいよ解放されつつあった筆者たちは自らが思うよりも死がすぐそこにあったことにようやくその時気付いたのだった。


 --追突されなくて良かった。

 --轢かれなくて良かった。

 --引火しなくて良かった。

 --生きてて良かった。


 ……、人間と言うのは、なかなか死ねないものである。

 普段散々死にたいと言っておきながら、最後には生き残ってしまう。もしくはそう言う人間が生き延びてしまうのかも知れない。全くつまらない。

 家を出発してから約二時間半、我々は遠出することもなくそのまま家路に着いた。

 家は外より暖かくて、明るかった。サブスクの視聴履歴を見ると、出発直前に観ていた『ステキな金縛り』と『一度死んでみた』が最新にあった。

 筆者は履歴から映画を再生した。死んだら映画が観れなくなると考えたら、もう少しだけ、生きてみようと思うのだった。

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