掌編【扉の向こうの友人】

 田舎に玄関を施錠すると言う概念はない。

 防犯上どうなのかと言われれば確かにそうなのだが、地域の人口からして泥棒も強盗も減少傾向にあるらしく、不思議とこの地域で物々しい事件が起きたことはなかったのだ。

 しかし、ある日の夜のことである。

 私は二人の旧友と共に宅飲みをすることになった。ほとんど思いつきで決まったことだったので勿論飲食物が用意出来ているはずもなく、仕事が終わり次第向かうと言う友人の代わりに、私はもう一人の友人と、近くのドラッグストアへ酒やツマミの買い出しにむかった。当然その時も玄関に施錠はせず、家の明かりだけを消して私たちは家を後にしたのだった。

 するとその日はちょうど店の特売日だったようで、店外には赤と黄色を基調としたノボリがいくつも立てられていた。確かに、じゃがりこ三つで二百円だとか、チューハイどれでも百円だとか、お得もお得である。そんなこんなで私たちは店の戦略にまんまと乗せられ、当初の予定よりも長い間カートを押しながら店内を回っていたように思う。大量の酒とツマミとを買い込むと、重い買い物袋を手にようやく帰路に着くことになった。

 暗い夜道をヘッドライトで照らしながら進んでいると、外で同報無線が流れていることに気づき窓を開けた。どうやら市内で熊が目撃されたらしい。間延びした特有の音声を車内に取り込んで、運転席の友人と「近ぁ〜」「やばくね?」「玄関鍵しといたほうが良かったかもぉ」「熊開けられんでしょ」なんて、大して真面目に考えもせずに楽しくお喋りしていたら、もうすぐで家の駐車場だった。

 車を降りると家には明かりがついていた。どうやら買い出し中にもう一人の友人が到着していたようだった。肌寒い空気に震えながら荷物を下ろして私たちは玄関に向かう。

 重い引き戸を開けると、中からテレビの音が聞こえて来た。珍しくバラエティ番組のようだ。賑やかな声がくぐもって暗い廊下に響く。足を擦り合わせて靴を脱いでいると、私の背後にいた友人の携帯が鳴った。

「もお〜一体誰よぉ?」

 そんなふうに悪態つきながら友人は電話にでる。もしもしぃ、向こう側が上司だったらどうすんだと思うような出方である。

 私は、通話している友人の代わりに引き戸を閉めようとすると、ふと駐車場に停まる一台の車に目を止めた。それは私たちが先ほど乗ってきた車である。最寄駅はここから歩いて三十分はかかる立地だ。バスだって一時間に一本あるかどうかなのだが、そう言えば、中にいる友人はどうやってここまで来たのだろうか。

 ギィッ、と引き戸が閉まる。

 もしもし、と言ってから言葉を発さなくなった友人を振り返ると、彼女も私に振り向いていた。顰めていた眉が平らになって、その表情は怯えたようにも見える。

 心なしか顔色が青みがかり始めた彼女に、どうした、と私がたずねると、友人は息を浅くしながら、


「宅飲みって、あたしら三人だけだよね?」


 と言った。

 うん、と私が頷けば、友人はさらに顔を青くし、声を震わせ、耳から通話中の携帯を離した。


「たま子、いま会社出たって」


 瞬間、頭の毛穴が開いて逆立つ。

 外では再び同報無線が鳴っている。


『……じつ、ごご……じ、……のコンビニ……ご……うじあ……が、はっせい……ました……』


 私は、冷たくなっていく指で、後ろ手に玄関の引き戸をゆっくり、ゆっくり開ける。


『本日午後八時三十分頃、市内〇〇地区のコンビニアンスストアで刃物を使用した強盗事案が発生しました』


 田舎の夜は遮るものがない。

 戸を開けてしまえばその音は部屋の中にもよく響く。


「たま子から、電話来たってことは、じゃあ……」


 居間へと続く廊下には光が差している。

 目の離せない光の中で、影がのそりと立ち上がると、テレビの音がパチンと消えた。


「いま家にいるのは、だれなの?」

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